アメリカ編

「だから!どうしてそんな簡単に男から物を受けとるんです!?相手に期待させるということが解らない年齢ではないでしょう?」

「んなもん知るかよ!余ったからって言われて無理矢理押し付けられたんだってば!」

「ほう。予約困難な‘パティシエ’のパウンドケーキ詰め合わせが、そう易々と余るとでも?」

清四郎のコメカミが判りやすいほど痙攣している。
悠理は肩を竦めたまま、夫の顔を見上げた。

交際三年、結婚してまだ二ヶ月。
彼らは現在アメリカの有名都市に住居を構えている。
全ては清四郎の進路によるもので………
大学部の卒業を約一年後に控えたその日、彼は思い立ったように留学話を持ち出した。

「三年ほど留学します。悠理も来ますか?」

「へ?」

寝耳に水とはこういうことを言うのか!
………そう一つ勉強した悠理は「あったり前だろ!」と二つ返事で快諾した。
離れてなんていられない。
時が経つ毎に清四郎への想いは、胸同様膨らみ続け、悠理をがんじがらめに縛り付けている始末。
嫉妬深さは天下一。
性別問わずモテる恋人を、そう容易く放置など出来ない。

こうして決まったアメリカ行き。
しかし剣菱家トップの権力者、百合子夫人は即座にこう告げた。

「今すぐ結婚するのなら、構わなくてよ。」

「え!?」

「わかりました。」

清四郎に反論など有りはしない。
元々それを見据えた交際であったし、一生共にする相手は悠理以外考えられないのだから。

「へ?」

悠理がぼーっとしている間に、コトは全て進み、気付けば結婚式すら終わっていた。(笑)
休学と留学の準備は清四郎がきちんと整え、悠理はただぼーっとしていただけ。

「いいですか?おまえはアメリカの大学へ入れるほどの学力がない。取り敢えず語学学校に入って英会話が出来るよう頑張りなさい。どうせ人の三倍、いや五倍は時間がかかるんだ。僕が目標としている資格をとる間に少しでも馴染んでおくといいでしょう。」

そんなわけで彼女は今、語学学校に通いながら、新婚生活を送っている。
日本に居た頃と比べ、段違いに忙しくなった清四郎は、朝早くから夜遅くまで大学に居た。
もちろん悠理は独りの時間を持て余す。
学校内で作る知人は、悠理の素性など知らないため、気安く声をかけてきてくれた。
微妙な英語力の人間同士、それでも歩み寄ろうとする自然な成り行き。
悠理は徐々にではあるが、英語でコミュニケーションをはかるようになっていた。
その進歩に清四郎は喜ぶ。
あれほど苦手だった英語(他の教科もそうだが)へ、彼女は意欲を見せ始めているのだ。
喜ばぬはずがない。

問題は………近付いてくる相手が全て男だということ。
色んな国、年齢もバラバラな男達が、悠理の周りにどんどんと増えていく。

渡米してからというもの、食生活の変化からか彼女のバストサイズはぐんとアップした。
もちろんそれまでも、清四郎の努力?のおかげでCカップにまで成長していたのだが、今はもうそれすら窮屈に感じ始めている。

━━━さすがにそろそろ重いな………。

そうは思っても、清四郎の熱心な愛撫が心地よくて、結局何も言えず身を任せてしまう。
大好きなブランドの柄物Tシャツも、ふっくらとした胸に押し上げられ、可愛い絵柄が崩れてしまっていた。

そんな悠理は昔と違い、誰が見ても美しい女性と評価される。
すらりと伸びた手足は細く、メリハリの利いたボディラインはタイトなドレスを上手く着こなす。
そう。
あの可憐が目を剥いて怒るほど、悠理は女性らしい身体に成長していた。
溢れだす色気は清四郎への恋心から。
ふとした可愛い仕草もまた、男心を絶妙に擽る。

そんな彼女を男が放って置くはずがない。
貢ぎ物は日々増え続けるばかり。
きっと「どうせなら食べ物がいい!」と強請ったことがあるのだろう。
それら全てが悠理の胃袋へ消えていく物ばかりだった。

「悠理………僕は心配なんです。ここはアメリカだ。クレイジーな人間が多く住んでいる土地です。いくらおまえが強くても、敵わない相手は存在するんですよ。それに夫が妻の身辺を気にするのはあたりまえでしょう?」

「で、でもさすがに見ず知らずの男からもらったりはしてないぞ?皆、同じ学校の仲間だし。」

「安心してはいけない。強い恋心というものは、いつ狂気へと変貌してもおかしくないんですよ?特に今回貰ったケーキはオランダ人の‘テオドール’からでしょう?かなり粘着質な性格だと聞いていますがね。」

悠理は目を剥く。
彼に話した記憶がない学友の名前。
しかし・・・・

━━━なんで知ってるんだよ!

という前に、清四郎の口は開かれる。

「前回持ち帰ってきた月餅饅頭は’ヤン’からでしたか?ああ、彼はもっといけない。彼の兄は香港マフィアの幹部です。」

「は?」

「ベルギーチョコレートをくれた’アルベルト’は人妻だろうが何だろうが手を出す女たらしと聞きます。美童と違って金にもだらしない。少し距離を置いた方が良いでしょう。」

「へ?」

ポカンと口をあけた悠理は混乱していた。
朝、「おはよう」の挨拶をしてからずっと、彼は大学で忙しく過ごしているはず・・・。
いつそんな探偵じみた真似が出来るというのだろう。

「その顔は、何故僕がそれらを知り得たか、不思議に思っていますね?」

「う、うん。」

「あの学校の校長とは随分前からメールで遣り取りをしているんです。 僕はうちの大学部の留学制度にも尽力していますからね。かれこれ二年ほどになりますか。」

「まじで?」

「ええ。だいたい僕の目の届かない学校へ通わせるはずがないでしょう?」

清四郎は取り上げたパウンドケーキの箱を再び紙袋にしまい込んだ。

「テオドールには明日、僕から突き返しておきます。全く、こんな安っぽい餌でおまえを釣ろうだなんて思い上がりも甚だしい。」

悔しそうに紙袋を見つめる悠理を抱え上げ、清四郎はベッドルームへと向かう。

「身体ばかり成長して、おつむが退化してはいけませんよ。おまえは僕だけのものです。他の男にいい顔をするな。」

「し、してない!」

「なら結構。美味しい物なら僕がいくらでも用意してやるから・・・・」

清四郎の手が官能を掘り起こすかのように滑り始める。

「・・・そんなもんより・・・・せいしろとの時間が欲しいよ・・・。デートだってろくにしてないのに・・・。」

「ふむ・・・・。なら、来月あたり、少し遠出してみましょうか。」

「え?どこどこ?」

シャツを脱ぎ去り、見事な上半身を見せつける清四郎。
日本に居た頃よりも、何故か筋肉に厚みが増している。

━━━いつトレーニングしてるんだろ・・・・。

そんな疑問を抱きながらも、逞しい胸板にしがみつき、目を輝かせる悠理。

「ハバナ、なんてどうです?カリブ海に沈む夕陽を見ながら、プライベートビーチで泳いでみませんか?」

「行く!絶対行く!」

寂しかった思いが一気に満たされ、その豊満な胸を押し付けた彼女は、清四郎の唇へ何度もキスを与えた。

「大好き、せいしろー!」

「はいはい。」

始まったばかりのアメリカ生活。
寂しがり屋のマーメイドに、ようやく笑顔が戻った瞬間であった。