僕と彼女と夜の街

 

高校入学して間もない頃の設定で

────

 

長梅雨による湿った日々にうんざりだったが、心待ちにしていた推理小説の新刊が出たことで幾分か気持ちが浮上した。

80近い年齢で書き続ける作家の執念を感じつつ、ここ数年の期待にどう応えてくれるか楽しみで仕方ない。

いそいそと馴染みの本屋へ向かうところ、大通りに見慣れた車が止まっているのを認識する。

 

あんなにも悪目立ちする車はこの日本で一台だけだろう。

案の定、運転手である名輪がいつものように腰を低くして、後部座席の扉を恭しく開けた。

 

そこから飛び出してきたのは奇抜な衣装に身を包んだ友人である。

日本有数の金持ちの娘にしては、その言動・行動にいささか疑問を抱かざるを得ないが、

それでも堂々と立つその姿は、一般人と一線を画すオーラを纏っていた。

 

「悠理。」

「あれ?清四郎じゃん。」

 

高等部に進学してからというもの、瞬く間に親密度が高まり、6人で集まる時間は過去に類がないほど楽しいものとなっていた。

その中でもひときわ場を盛り上げるのが剣菱悠理。

幼馴染とのわだかまりも解け、今は昔から親友だったかのように馴染んでいる。

社交的な可憐や美童のおかげもあって、色んな世界を経験することとなったが、魅録と悠理もまたその役目を担ってくれていた。

財閥の娘と警視総監の息子。

そんな二人が夜の街を網羅しているとは、なんという違和感。

 

「どこいくんです?」

「新しいディスコのオープンに呼ばれたんだ。100人は招待されてるから賑やかだと思うぞ。」

「それはそれは。もしかして魅録も?」

「アタリ。美童も可憐も遅れて来るってよ。」

 

なるほど、僕と野梨子は蚊帳の外。

まあ、それほど行きたいわけでもないが、少し腑に落ちない。

 

「清四郎も行く?」

 

そんな空気を感じ取ったのか、悠理は窺うような目でこちらを見つめた。

 

「いえ、結構。新しい小説が出たんでね。それを読むつもりです。」

「小説?んなのいつでも読めるじゃん。」

 

数瞬考えた後、彼女は何かを思いついたのだろう。

後ろに立つ名輪へと行き先を告げた。

 

「清四郎、車に乗って準備してきてよ。その恰好じゃ逆に浮いちゃうからさ。」

「いや・・僕は行きたいと言ってるわけじゃ・・・」

「いいだろ!かっこよくしてもらえよ。じゃ、後でな。」

 

ともすれば霊柩車と間違われる車に押し込まれ、悠理だけは颯爽と街の中へ消えていく。

やれやれ、強引なお嬢様だ。

 

「菊正宗様。悠理様が指定された場所へお連れ致します。」

 

車で10分もかからないテナントビルに案内されると、どう見ても日本人だが銀髪をした長身の男が出迎えた。

鼻と耳には大きなピアス。

派手なアイメイクに口紅まで。

タイトな革の上下に身を包み、頭の天辺から足の先まで値踏みしてくる。

 

「ふん、悪くないわね。あっちの更衣室で待ってて頂戴。」

 

意外にもオネエ言葉な彼を決して恐れるわけではないが、どうやら着替えをしなくてはならないらしく、面倒だなと思いつつも鏡に映った自分を見つめた。

 

「確かにこの恰好ではそぐわないか。」

 

特にディスコが好きなわけではない。

小説を読む時間を割いてまで行く場所ではないと思っている。

ただ、彼女がここまでしてくれたのだから、とその好意に応えているだけだ。

昔の僕なら確実に断っただろうが・・・。

 

彼が両手に抱えてきた衣装に着替えると、鏡にはまったく別人の僕が居て、目の覚めるようなブルーのシャツとくすんだゴールドのいかついバックルが異様に目立っていた。

光沢ある白のジャケットは、我が家のクローゼット全てを探しても見当たらない。

 

「髪もちょっといじるわよ。あら、いい髪質ね。」

 

手際よくワックスを馴染ませ、髪先を躍らせる。

どうやら彼は美容関係にも精通しているらしい。

 

「ピアスはどうする?」

「結構です。」

 

着ていた服は大きな紙袋に詰められ、側で見守っていた名輪が車の中へと持っていった。

 

「いい男になったじゃない。私好みだわ。」

 

この手の人間に好かれることは自覚しているが、赤い唇で擦り寄ってこられると怖気が走る。

「お世話になりました。」と一言礼を告げ、そそくさと車に戻っていった。

 

────────────────────────

 

「え?清四郎?マジかよ。」

 

魅録の驚く顔に出迎えられ、想像したより盛況な店内は、賑やかを通り越した喧噪の世界だった。

 

「あらぁ、素敵じゃない。いい感じよ、生徒会長さん。」

「元が良いからわりと似合うもんだね。」

 

可憐と美童もどうやら間に合ったらしい。

華やかな二人はお揃いのように真っ白な衣装に身を包んでいる。

どちらもとびきりの美貌であるからして、周りの視線を一身に集めていた。

 

そこへ今の僕を作り上げた元凶がやってくる。

 

「うそだろ・・・」

 

唖然と口を開けたまま、まじまじと見つめてくる悠理。

果たして彼女を満足させることは出来るのか?

 

前も後ろもぐるりと一周した後、「いいじゃん。」と感動したように呟いた。

 

「お気に召しましたか?」

「ずっとそんなかっこしてりゃいいのに。」

「・・・僕のアイデンティティーは無視ですかね?」

 

ともあれ、ようやく場にふさわしい姿となったわけで。

 

「さ!飲んで食って、踊りまくるぞ!」

 

悠理の号令により全員、ホールの中央へと向かっていった。

 

 

その夜は殊の外楽しく、リズムに乗るという遊び方を覚えた。

彼らも持ち味を活かして踊り続けている。

当然のようにナンパされる可憐と美童。

酒を酌み交わしながら、それぞれの友人知人とはしゃぎ倒す。

非日常な世界にもようやく慣れてきたつもりだが、それでも光と音に酔う彼らはまるで異星人のように思えた。

 

 

 

 

「楽しんでる?」

 

テンションが上がり切った悠理の問いかけに、「ほどほどには。」と答えるしかない。

酒もいい感じに回っている為、決して不快な空間ではないのだが、いかんせん知らない女性に誘われる回数が増え、辟易する。

美しくもあり、醜くもある人間模様。

酒に酔い、波に乗る彼らの勢いは時として不愉快でもあるのだが、悠理はまったく頓着していないようだった。

 

「汗かいちゃった。テーブル行こう。」

 

誘われるがまま、端っこに並ぶ円形のテーブル席へ向かうと、見計らったようにボーイが注文を聞きに来る。

 

「甘いカクテルがいいな。ピニャ・コラーダよろしく。」

「僕はマティーニで。」

「へ~、キザじゃん。」

 

名門私立の高校生がこんなところで酒を酌み交わすなんて、教師が見たら卒倒ものだな。

 

「──野梨子も呼べば良かったね。」

「次回は是非。」

 

そういいながらも、この心地よい雰囲気を壊したくない気持ちがあった。

 

「悠理の夜遊びに付き合うのも悪くない。」

「だろ?」

「もっといろいろ教えてくださいね。」

 

運ばれてきたカクテルで乾杯すれば、彼女の笑顔が光の向こうで揺れた。

 

ドキっとしたのだ、その瞬間。

クラッとしたのだ、その直後。

 

いつもの彼女が、いつものように笑っているだけなのに。

それを酒の所為にするにはあまりにも安直で、僕は思わず掌で顔を覆った。

 

すべては夜のせい

溢れんばかりの音のせい

いつもの自分とはかけ離れたファッションのせい────

そう信じるしかないじゃないか。

僕が悠理を美しいと感じても

彼女の深淵に触れてみたいと思っても────

きっと今はその変化に気付くべきではない

始まったばかりの高校生活

始まったばかりの友人関係

 

それでも

それでもいつか

二人の間に何かが生まれるのなら

きっと僕はこの夜のことを思い出すだろう。

光と闇と波のような音楽の中で心ときめいたことを

瞼に感じた突然の熱っぽさを

 

きっと────

────いつか