初夏の日差しが磨かれた道場の床に射し込む。
師範代をはじめ、厳しい稽古に臨む子供たち。
様々な型を次から次へと繰り出す汗だくの彼らを、悠理は腕組みしながら眺めていた。
(清四郎もあんなだったのかな)
今や一番弟子の名を堂々と名乗り、各大会で優勝し続ける男。
高校を卒業してからも、鍛錬を怠ることなく高みを目指している男に、悠理はもう勝てる気がしないでいた。
それでも強くなりたい。
認められた素質はあるのだから、いつかアッと言わせてみたい。
そんなシンプル過ぎる願望のもと道場に通うのだが、
基礎的な稽古は苦手なため、雲海和尚の目を盗んではこうしてサボっているのだ。
(どうやったら化け物みたいに強くなれるんだ?)
大昔から悠理の中にある価値観は「強さ」のみ。
特に男に求める条件はそれが筆頭だった。
清四郎は強さだけでなく頭もいい。
かといって頭脳では決して勝てないため、せめても・・と思いながら修行をつむ。
いつまでも子猿扱いされているのは癪に障る。
大学部に進学してからというもの、レポート一つ書けないことを散々馬鹿にしてくるのだ。
この間も英文の間違いをくどいくらい指摘され、5時間もかけて修正させられた。
(ケッ、ちっとも優しくないよな)
魅録とは違い、美童とも違う。
清四郎は煩く、厳しく、容赦がない。
それはもしかしたら悠理のためにそうしているのかもしれないが、たとえそうであっても、時々、優しく接してほしいと願う甘えが生まれる。
「───だいたい、恋人に対して酷すぎだろ。」
夕べだってそうだ。
提出期限が迫っている課題のヘルプを求めるも、
「それはいつの課題だ?・・・・4月?一体今まで何をしてたんだ、おまえは。悠長すぎるぞ。」
と突き放すように詰られた。
(あたいが馬鹿だって知ってるくせに。そりゃあいつはなんでもスマートにこなせるかもしんないけど・・)
ダダダン・・!
子供たちの足音が道場に響き渡る。
彼らの視線はいつも真っすぐに前を見ていて、そこに邪念らしきものは一つも見当たらない。
恐らくは清四郎もそうだったのだろう。
強くなるため、必死で厳しい稽古に食らいついていたのだろう。
軟弱だった男の子が今の姿になるまで、どれほどの努力を重ねてきたのか。
(ふん・・・・わかってるけどさ。)
悠理は首をコキコキ鳴らすと、和尚に言いつけられた庭掃除に戻るべく、踵を返した。
「おや、サボリは終わりですか?」
「わっ!!!」
目の前には道着姿の涼しげな恋人。
きっと寺の周りを10周ほど駆けてきたはずだ。額と胸元にはそれなりの汗が流れていた。
とはいえ息は整っているし、表情に疲れは見えない。まさしく化け物だ。
「サボってたんじゃねーよ。ちょっと休憩してただけ。」
「おまえは休憩のほうが長いでしょうが。」
首にかけていたタオルを手渡せば、清四郎は額の汗を拭う。
「優しいですね。まだ怒っているのかと。」
「怒ってるけど・・・・・どうせあたいが悪いんだし。」
「もっと早くに頼ってこれば良かったでしょう?」
「・・・・ごめん。」
仲直りがしたいけど、なかなか言葉に出来ない。
でも清四郎は頭がいいから、悠理の気持ちなんて直ぐに読み取ってくれる。
案の定、風に揺れる羽毛のような頭を優しく撫で、意地悪な恋人は耳元で囁いた。
「今夜、僕の家で終わらせますよ。」
「・・・あんがと。」
「当然、ご褒美ももらわないとね。」
そう言って、舌先を耳たぶに這わせる。
「ひゃっ!!」
憎らしいほど色気ある視線で絡み取ろうとする清四郎の胸を、悠理はゴツンと殴るしかなかった。
「嬢ちゃん、なにしとる~!はよ掃除せぇ!」
和尚の怒号と共に甘い空気は引き裂かれたけれど、悠理の頬は赤く染まり、庭へ駆け出す足取りは雲のように軽かった。
「やれやれ、僕も甘いな────これも惚れた弱みか。」
清四郎の呟きは聞こえぬままに。