道場小話6

 

初夏の日差しが磨かれた道場の床に射し込む。

師範代をはじめ、厳しい稽古に臨む子供たち。

様々な型を次から次へと繰り出す汗だくの彼らを、悠理は腕組みしながら眺めていた。

 

(清四郎もあんなだったのかな)

今や一番弟子の名を堂々と名乗り、各大会で優勝し続ける男。

高校を卒業してからも、鍛錬を怠ることなく高みを目指している男に、悠理はもう勝てる気がしないでいた。

それでも強くなりたい。

認められた素質はあるのだから、いつかアッと言わせてみたい。

そんなシンプル過ぎる願望のもと道場に通うのだが、

基礎的な稽古は苦手なため、雲海和尚の目を盗んではこうしてサボっているのだ。

(どうやったら化け物みたいに強くなれるんだ?)

大昔から悠理の中にある価値観は「強さ」のみ。

特に男に求める条件はそれが筆頭だった。

清四郎は強さだけでなく頭もいい。

かといって頭脳では決して勝てないため、せめても・・と思いながら修行をつむ。

いつまでも子猿扱いされているのは癪に障る。

大学部に進学してからというもの、レポート一つ書けないことを散々馬鹿にしてくるのだ。

この間も英文の間違いをくどいくらい指摘され、5時間もかけて修正させられた。

(ケッ、ちっとも優しくないよな)

魅録とは違い、美童とも違う。

清四郎は煩く、厳しく、容赦がない。

それはもしかしたら悠理のためにそうしているのかもしれないが、たとえそうであっても、時々、優しく接してほしいと願う甘えが生まれる。

「───だいたい、恋人に対して酷すぎだろ。」

 

夕べだってそうだ。

提出期限が迫っている課題のヘルプを求めるも、

「それはいつの課題だ?・・・・4月?一体今まで何をしてたんだ、おまえは。悠長すぎるぞ。」

と突き放すように詰られた。

(あたいが馬鹿だって知ってるくせに。そりゃあいつはなんでもスマートにこなせるかもしんないけど・・)

 

ダダダン・・!

子供たちの足音が道場に響き渡る。

彼らの視線はいつも真っすぐに前を見ていて、そこに邪念らしきものは一つも見当たらない。

恐らくは清四郎もそうだったのだろう。

強くなるため、必死で厳しい稽古に食らいついていたのだろう。

軟弱だった男の子が今の姿になるまで、どれほどの努力を重ねてきたのか。

(ふん・・・・わかってるけどさ。)

 

悠理は首をコキコキ鳴らすと、和尚に言いつけられた庭掃除に戻るべく、踵を返した。

「おや、サボリは終わりですか?」

「わっ!!!」

目の前には道着姿の涼しげな恋人。

きっと寺の周りを10周ほど駆けてきたはずだ。額と胸元にはそれなりの汗が流れていた。

とはいえ息は整っているし、表情に疲れは見えない。まさしく化け物だ。

「サボってたんじゃねーよ。ちょっと休憩してただけ。」

「おまえは休憩のほうが長いでしょうが。」

首にかけていたタオルを手渡せば、清四郎は額の汗を拭う。

「優しいですね。まだ怒っているのかと。」

「怒ってるけど・・・・・どうせあたいが悪いんだし。」

「もっと早くに頼ってこれば良かったでしょう?」

「・・・・ごめん。」

仲直りがしたいけど、なかなか言葉に出来ない。

でも清四郎は頭がいいから、悠理の気持ちなんて直ぐに読み取ってくれる。

案の定、風に揺れる羽毛のような頭を優しく撫で、意地悪な恋人は耳元で囁いた。

「今夜、僕の家で終わらせますよ。」

「・・・あんがと。」

「当然、ご褒美ももらわないとね。」

そう言って、舌先を耳たぶに這わせる。

「ひゃっ!!」

憎らしいほど色気ある視線で絡み取ろうとする清四郎の胸を、悠理はゴツンと殴るしかなかった。

 

「嬢ちゃん、なにしとる~!はよ掃除せぇ!」

和尚の怒号と共に甘い空気は引き裂かれたけれど、悠理の頬は赤く染まり、庭へ駆け出す足取りは雲のように軽かった。

 

「やれやれ、僕も甘いな────これも惚れた弱みか。」

清四郎の呟きは聞こえぬままに。