Snow storm(後・2)

後・1

※思ったより長くなりそうで分割しまくってます


 

 

朝が来た……とはいえ天気はさほど回復していない。

窓を揺らす風が少し弱まったくらいで、相変わらずの雪が降り続いていた。

電気は復旧しないまま、ランタンの灯りだけが薄暗いリビングを照らしている。

清四郎の機転でトイレに関しても問題なく使えているのだが……。

 

 

酒が残った頭で一番に目覚めたのは野梨子。何とか顔を洗い身支度を整えると、夕べのシチュー鍋を暖炉の火にかけ、用意してあった厚切りのパンを網の上に並べた。

地元の小麦粉を使ったその食パンは、ここへ来るとき、悠理の我儘で4斤ほど購入している。

今となっては、その判断が正しかったと言うほかない。

わずかなレタスとトマトで簡単にサラダを作っていると、遅ればせながら美童が後ろから声をかけてきた。

いつもなら帽子付きパジャマ姿で寝ぼけ眼なのに、なぜかきちんと服を着こなしている。

暖かそうなクリーム色のセーターは、去年のバースデーに本命の彼女からもらったと自慢していた品。

……とはいえ彼の本命は世界中に散らばっているため、カノジョの名前すら記憶にはないが。

「野梨子、おはよう。」

「おはようございます、美童。」

他のメンバーを起こさないよう、ヒソヒソ声での挨拶。

「あ、そうそう。モーニングは七人分用意してくれる?」

「え、七人?」

それは大食らいの友人の分ではないと直ぐに分かった。

整った片眉を上げる彼の親指がリビングの”とある方向”を指差す。

そこにはまだ覚醒しきっていない極上美人が、ブランケットを握りしめ、こちらを見つめていた。

「まあ……!どちらさま?」

野梨子は辺りに構わず声をあげた。

見慣れぬ客人。自分が寝ている間、一体何が起こったというのか。

美童が簡潔かつ的確な説明を与えると、芸能界に疎い彼女とて、その境遇を気の毒に思うほかなかった。

暴力的な殿方など生きている価値すらない。

 

「こんなひどい天気の中……よく無事で……。熱など出ていませんこと?」

相手は同性として羨むほどのナイスバディ。まだまだ育ちきっていない野梨子が、ほんの少し嫉妬しながらも優しい言葉をかければ、眩いばかりの笑顔で“河津李奈”は頷いた。

 

とはいえ彼女もシャワーくらい浴びたい。

夕べの風で乱れたウェーブヘアが重たげに頬を擦る。

本来、肌の手入れも出来ていないまま人前に出るのは女優としてプライドが許さない。

不安げに瞳を揺らす親切そうな少女はとても可憐で、恐らくは大した手入れもしていないだろうと予想した。

揺れる黒髪もまた絵に描いたように美しい。

「体調は問題ありません…。もし良かったらバスルーム貸してくださるかしら?」

「Ok、僕が案内するよ。」

「美童、停電な上、ボイラーが故障していたらお湯は出ませんことよ。」

「あ、そうだった!」

頑丈なログハウスとはいえ、この雪である。

外にある機材に何らかの影響が出ているのは明白。

どちらにせよ通電されていないのだから、無駄な足掻きである。

 

「シャワーを浴びるほどのお湯はありませんが、夕べ暖炉の上に3つヤカンをかけておきました。身体を拭くくらいなら出来るでしょう。」

三人が振り返ると、いつの間に起床したのか、爽やかな笑みをたたえる清四郎が新しいタオルを手に立っていた。

どうやら恋人はまだ夢の中らしい。理由は言うに及ばないが。

李奈は感謝の言葉を述べると、美童の案内でバスルームへと向かった。

「ほんと、美人ですわね……」

ほぅ…と後ろ姿を見送った野梨子。

「そうですかね?」

無関心ともいえる幼馴染が呟く言葉に思わず反論したくなったが……

「貴方にとって悠理が一番なのは分かってますけれど……」

眉一つ動かさぬ清四郎に何を言ってもムダ。

彼は初恋の全てを“剣菱悠理“に捧げている。

美の基準すらそうなのだ。

仲間以外の人間などカボチャと同じ扱いであろう。

「当然、悠理は美人でしょう?」

”声も身体も最上級“……とまではさすがに口にしなかったが、清四郎のドヤ顔は野梨子にとってうんざりするもので……

「もういいですわ。さっさと皆を起こしてきてくださいな。」

引き続き、朝飯の準備に取り掛かる野梨子であった。

 

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七人で朝食を終えた後、李奈は魅録から携帯電話を借り、マネージャーに連絡を取ろうと試みた。

しかしやはりというか、電波が不安定過ぎて、最後まで通じることは出来ず、全員で肩を落とす羽目に。

 

「こうなったら、どこかに無線でもないかな……」

外の様子を眺めながら、魅録はそう呟く。

自分たちもまた遭難している身。

連絡が取れない状況下ではこのログハウスに缶詰となる。

午後からの天気が回復する確信もなく、仲間内に大喰らいが一人いるとなると、この先不安になるのも当然だった。

「あの……私の彼のコテージまで辿り着けば、無線機があると思います。あの人、何でも揃えるクセがあるので。」

「でも……この雪で出歩くのは危険じゃなあい?」

可憐もまたシャワーが出来ず、イライラしている。

過去の辛い経験が脳裏をよぎるが、今回、それよりはマシである。

「乗ってきた車も埋まっちまってるしな。せめて風が止めば……」

「まあ、どちらにせよもう少し様子見しましょう。幸いポンプ式の井戸があり、飲み物に困ることはありませんからね。」

どうやら清四郎はお風呂に湯を張ろうとしているらしい。

男はともかく、女性陣の不快さを軽減させるため、ひたすら暖炉で湯を沸かしていた。

そんな細やかな優しさに、李奈の心が疼き始める。

━━━━あの人も最初は優しかったのに。

初めて結ばれた甘い日のことを思い出すも、今はただの嫉妬深い恋人。

何故あんなにも変わってしまったのか。それとも自分が彼を変えてしまった?

もう戻ることは出来ないのか?

そして自分は戻りたいと思ってるのか?

 

考えるも答えは出ない。

女優である前に一人の女。

李奈は人知れずため息を吐いた。

 

「悠理、薪を追加で運んでもらえますか?」

「ん、いいよ。」

二人がリビングから消えて行った後、可憐はコーヒーを配りながら、李奈の側に腰を下ろした。

芸能界通の彼女のこと。剥き出しの好奇心を隠そうとはしない。

「ほんと、李奈さんって綺麗。お肌もツヤツヤ。行きつけのエステとかあるんですか?」

多少寝不足であろうと、その肌の美しさは只者ではなく、可憐はまじまじと彼女の美しさを見つめた。

「そうですね……青山に2軒ほどあります。後で教えますね。私の紹介と言えば割引も利くので。」

「きゃ!やったわ!ありがとうございます。」

 

常に美への探究心を持ち続ける可憐にとって、渡りに船なこの出会い。

李奈の胸の内など気にもしていないだろう。

(貴女だって充分綺麗じゃない)

努力を積み重ねここまで上りつめた李奈だが、幼い頃は“関取”と呼ばれるほど太っていたのだ。

甘酸っぱい青春などとは縁遠く、高校に入ってからようやく命がけでダイエットにチャレンジする。

理由は一つ。

好きな人が出来たからだ。

(そういえば……彼に少し似てるかも……)

恋人と消えていった男の背中を思い出し、軽く首を振る。

(人の恋路を邪魔するほど落ちぶれちゃいないわ)

とはいえ、この先の現実を想像し不安に駆られる胸の内はどうしようもない。誰かに頼りたいと思ってしまうのは女の弱さ。

疲労を感じ始めた李奈はむず痒いジレンマに陥り始めていた。

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「薪ってわりと重いよな……」

そう言いながらも男3人分の量を抱え、悠理はぼやいた。

しかし清四郎はその倍を軽々持っている。

“鍛え方が違う“と常日頃から説いている男だが、本当に自分とは大きくかけ離れているんだなと自覚する悠理だった。

「これらを運び終えたら、少し辺りを散策してきます。隣のログハウスまでさほど距離はなかったはずなので。もしかすると何か手に入るかもしれませんしね。」

「え?こんな雪ん中、止めとけよ。」

恋人を気遣う悠理に清四郎は微笑む。

「大丈夫、魅録にも付き合ってもらいますから。」

二人が揃うと無敵であることは過去の経験から解っている。

解ってはいるが……それでも心配してしまうのは雪の怖さを知っているから。

「あたいも行く。」

「駄目です。」

「行くったら行く。」

”梃子でも動かない“と言った表情の悠理は久しぶりに見る。

あまり強く反対すると逆効果を生むことも………。

「仕方ありませんね。暖かい格好をするんですよ。靴下は念の為2枚重ねて……」

「わあってるって!!」

浮足立つ恋人の笑顔はこの上なく可愛い。

だが昔と違い、あらゆる危険から守ってやりたい。

しもやけ一つすら許せないのだ。

そんな変化が訪れている清四郎はいまだ白魔のごとき外の景色を眺めながら、深い溜め息を吐きつづけた。