悠理&清四郎視点

兄ちゃんお気に入りの秘書、紅ちゃん【本名:紅 由美子(くれない ゆみこ)】から電話があったのは、夜七時を過ぎたあたりの事。

今、彼女は主に清四郎の仕事を手伝っているけど、あたいの事も頻繁に気遣ってくれる。
あいつの帰宅が遅くなる日なんかは、その理由とおおよその帰宅時間をメールで連絡してくれるのだ。
結婚してなかったら、兄ちゃんの嫁さんに丁度良いと思ったんだけどな。
なかなか上手くいかないもんだ。

「―――え?」

年の割に可愛い声をしている紅ちゃん。
だけどその内容はちっとも可愛くなかった。

「ホステスと同伴?なにそれ?」

もちろん【同伴】の意味くらい、知っている。
でも、清四郎がなんでそんなことしなくちゃならないのか・・・理由が解らない。
よくよく聞けば、相手はあの時破いた名刺の女。
確か・・・「アキ」とか言ったっけ?

―――もしかしてほんとにその女の事、気に入っちゃったのか?

あたいの心配を先読みした紅ちゃんは、電話越しでも伝わるような溜息を吐いた。

「そんなに不安がらなくても良いですよ。ご自分の旦那様を信用することです。」

「・・・・・でも」

「もしどうしても気になるのなら、出向いてその気持ちを素直に伝えなさい。以前にも言いましたけど、男女の間では『誤解』というものが一番厄介なんです。だいたい悠理さんは清四郎さんを愛してるんでしょう?」

「あ・・・愛してるよ。」

「なら、貴女は貴女らしく動けば良いだけの話ですよ。我慢したってろくな事が無いんですから。」

ケラケラと笑う紅ちゃんの言葉は、心の芯まできっちり届いた。

そうだよな。
清四郎は絶対にあたいの事が好きだ。
あたいしか見てないはずなんだ。
今までだってそう。
小さくても大きくても、あたいの嫉妬をちゃんと受け止めて、誤解を解いてくれた。
だから・・・今回も同じ。
きっと―――。

「んで?清四郎はどこに居るか解る?」

「ええ、もちろん。」

「教えて。」

あたいは暖かいジャケットを着込むと、今から出かける旨を名輪に伝えた。

―――――――――――――――――――――――――――

―――ああ、悠理に会いたい。

背中に違う女をくっつけながら思う台詞じゃないのは解っている。
でも僕は、今すぐにでも悠理に会いたかった。
こんな女じゃなく、悠理の香りを吸い込んで、ぬくもりを手にしてそのままベッドに横たわりたい。

―――やはり慣れない事なんてするもんじゃないな。

秘書の言葉が頭を巡る。
僕はもう、この女の為に何かしてやるつもりはなかった。

「離れてくれませんか。みっともない。」

思った以上に冷たい声が出た。

「―――いや。」

そんな小さな否定すら、苛立ちを助長する。
多少乱暴だったが、引き剥がす様に振り返ると、彼女の肩をトンと押し無表情に見つめた。

「僕は貴女の都合の良い男になるつもりはない。」

「え・・・・?」

「寄りかかられるだけの女なんて、まっぴらごめんだ。」

ショックだったのだろう。
充血した目が、大きく見開かれる。

「僕がこの世で欲している女は一人しか居ない。彼女だけが僕に相応しく、僕も彼女に釣り合いたいと心から願っている。その為に日々努力もしています。だから余所見している暇などないんですよ。」

「・・・・・・・それが奥様なんですか?」

「ええ。命懸けで愛している女です。」

この女に僕の気持ちが伝わるとは思っていない。
けれど、これ以上の茶番に付き合わされるのはもう御免だ。

「・・・・・私の・・・気持ちは・・・・」

「関係ありません。これ以上、僕を怒らせないでください。」

「ひ、ひどい・・・!」

―――酷いのは一体どっちだ?

そう詰りたい気持ちを寸でのところで抑える。
チラ、とガードレール越しの車道を見れば空車と表示されたタクシーが一台。
あれに乗り込もう。
足を一歩踏み出した瞬間・・・・―――


「清四郎!」

どこにいても、どんな騒がしい場所でも、間違えようがない声。

「悠理・・・・」

5mほど離れたところで名輪の車を見留める。

「どうして・・・ここに・・・?」

「へへ。携帯電話の追跡サービス使ったんだ。」

揺れるふわふわの髪が夜目にも綺麗で・・・・僕は瞬時に駆け寄っていた。
彼女だけが暗闇の中でも明るくて、そして誰よりも美しく眩しい。
最初から強く抱きしめると、そのまま抱え上げ、堪えきれない想いを注ぎ込むようにキスをした。

「こら・・せぇ・・・・・んっ!!」

叩かれても構わない。
くしゃくしゃに頭を掻き乱されても、止めることは出来なかった。

「愛してる・・・悠理。迎えに来てくれたんですね?」

「紅ちゃんに、おまえが同伴してるって聞いたから・・・居ても立ってもいられなくなっちゃったんだい!」

「済みません。二度としませんから。」

「あ・・当たり前だろ!?あたい以外の女と二人っきりになるなよ!」

「心得ます。」

そう言ってもう一度キスを始める。
誰に見られてもいい。
羞恥など感じはしない。

―――ああ。冷たく乾いていた心がどんどんと潤っていく。

「悠理、愛してる・・・おまえだけだ。一生、おまえだけしか見ない。」

「ほ・・・ほんとぉ?」

「もし誓いを破ったら・・・殺してくれて構いませんよ?」

「・・・・・わぁった。」

そう、彼女になら何をされてもいい。
僕が心を捧げたただ一人の女なのだから。

「さあ、帰りましょう。早くおまえを抱きたくて仕方ないんです。」

「こ、こんなとこで、何言ってやがる!」

「たとえ’こんなところ’でも僕は抱けますよ?けれど、おまえの痴態を誰にも見せたくはありませんね。」

妻を抱き上げたまま名輪の車を目指す僕が、背後で佇む女を振り返ることは一度もなかった。



炬燵仕様の送迎車は、こういう事を楽しむに打って付けだ、と思う。
運転席との間に、きちんとした間仕切りがある為、どんな卑猥な事にも没頭出来るからだ。

抱え込むように座るなり、服の裾から手を差し入れ隅々まで弄ると、悠理の小さな胸がふるると震えた。

「せ・・せぇしろ・・・こ、興奮してんの?」

「ええ、してますよ。」

「あの女のこと・・・・どうするつもりだったんだ?」

「思い出したくもない!」

吐き捨てるように言うと、ジャケットを放り投げ、ネクタイを外す。

「・・・・・・迫られてたんだろ?あんな美人に・・・」

「美人?おまえの方がよほど美人でしょう?」

「・・・・でも’良い女’だって言ってたじゃんかぁ。」

揺らめくそのガラスのような瞳を、舐め上げたい衝動がこみ上げる。
代わりに瞼へと何度もキスを落とし、形良い耳元でそっと囁いた。

「僕の勘違いです。」

「勘違い?」

「もうその話は終わりにしましょう。今は・・・ね?」

既にくったりと身を預けてくる妻が愛おしくて仕方ない僕は、彼女のズボンに手をかけ、引き摺り下ろす。

「あ・・っ・・・」

現れた頼りなくも薄い布に指を突っ込み、潤い始めたそこで、わざとらしい音を立てさせる。

「もう、こんなにも濡れて・・・・」

「ん・・・・・っ」

両手で口元を隠す悠理は真っ赤な顔を晒し、涙目で僕を睨む。

可愛い。
とてつもなく可愛い。

「・・・・・欲しい?僕が欲しいですか?」

「ほし・・・い・・」

限界だった。
慌ただしくチャックを下ろし、すっかり勃ち上がった愚息を取り出すと、向かい合うように悠理を抱きかかえる。
露な下半身を撫で回しながら、「さ、挿れて?」と言えば、素直に腰を沈めていく淫らな妻。

「あ・・・・ぁ・・・かたぁい・・」

「そりゃそうでしょう。悠理を想えばすぐに臨戦態勢になってしまうんですから。」

「もう・・・・・・・バカ。」

声を押し殺しながら、それでも必死で上下に揺れる。
快楽を追い始める悠理は僕の身体を使い、いつも驚くほど大胆に動くのだ。

「ねぇ・・せぇしろ・・・・」

「ん?」

「おまえの身体はあたいだけのもんだよね?」

「もちろんです。一筋の髪すらおまえだけのものだ。」

「・・・・・・うん。」

何度言葉を繋いでも、
何度身体を繋げても、
同じような不安は一生、拭い去ることが出来ないのかも知れない。

僕だって同じだ。

悠理の周りに居る男達一人一人に嫉妬している。
時折殺意が湧くほど激しく・・・・。

そんな苦しさを何度も味わうくらいなら、いっそ互いのことしか見えない世界へ移り住みたいとすら思ってしまう。

ああ・・・でも、そんな嫉妬こそが二人の愛を深めていくというのなら、甘んじて受け入れるのも手かもしれないな。

嫉妬すらしなくなる関係など、すでに破綻している。
悠理が強い執着を示してくれる限り、その万全たる愛を心ゆくまで味わえるのだ。
自分でも少し歪んでいるなと思うが、これはきっと真理なのだろう。

「愛してる、悠理。」

「あたいも・・・愛してる。」

互いの目に炎が宿る。
隠しきれないそれを確かめながら、僕は密やかな歓びに胸を焦がした。