Snow storm(中)

Snowstorm(前)

 

猛吹雪の外界から、まさかの客。

茶色に染まったウェーブヘアは雪の粒に凍らされ、重たげに肩へと垂れ下がっていた。
厚手のダウンジャケットは凍てつく氷そのもの。
視界もままならぬ吹雪の中、彼女がどれほど過酷に彷徨ってきたのかが分かる。
冷たい外套を脱げば、中は真っ白なニットセーターと灰色のレギンスで、どちらかといえばラフな出で立ちだが、そのメリハリのあるボディは明らかに“美”を感じさせた。
可憐が嫉妬するであろう見事なくびれと、豊満な胸の膨らみ。
異性をドキッとさせるに充分なボリュームを持つ。
そんな彼女が髪をかきあげた時、悠理は「あっ!!」と声を上げ、驚いた。
陶器で出来た人形のごとき顔色だが、長いまつ毛の下の瞳は力強い光を放っていて、美しい鼻筋とふっくらした唇がどことなくエキゾチックだった。
ただ顔立ちがいいというだけではなく、爛漫と咲き誇るの薔薇ような印象を与える女。
しかし唇は寒さで震えている。

「も、もしかして………“河津 李奈”?」

「誰です?」

清四郎は脱がせたダウンジャケットを玄関横のクローゼットにかけながら訊ねる。
その女は少し戸惑いながらも、小さく「そう……です。」と肯いた。

「え!清四郎、知らねぇの!?最近ドラマに引っ張りだこの女優じゃん!」

「あいにく、ドラマはあまり観ないんですよ。」

ドラマどころか、おおよそ芸能界には疎い男である。
TVはもっぱらニュース番組のみ。
最近では海外の学者とネットを繋ぎ、夜な夜な専門的な会話を楽しんでいることは、仲間全員が知っていた。

悠理の盛大なブーイングをかわしつつ、清四郎は女優“河津李奈”へと小声で尋ねる。

「リビングできちんと話を聞かせてもらえますか?少々大所帯ですが、皆、気のいいやつばかりなので。」

「本当に済みません………こんな夜中に。」

「いいえ。そんなことより無事でよかった。とてもじゃないが歩ける天候じゃありませんからね。」

懐の深さを感じさせる優しい声に李奈の表情もほっと緩み、緊張に強張った肩からスッと力が抜けた。

表面の美しさだけでなく、性格も良さそうな彼女は、清四郎の促しでリビングへと向かった。
そこには未だ眠ったままの友人たちが毛布にくるまって身を小さくしている。
河津李奈はその異様な光景に一瞬立ち止まったが、清四郎に背中を押され、そっと足を踏み入れた。

「出来るだけ薪ストーブの側へ。身体が冷え切ってますよ。」

「ありがとう。」

渡されたウールのブランケットを軽く肩にかけ、彼女は床のクッションに腰を下ろす。
薪の爆ぜる音は冷えた心の奥まで温めてくれるようだ。
温かい。

李奈の纏う外気を感じたのか、最初に目覚めたのは魅録だった。
そして可憐、美童と続くも、野梨子だけはワインの力に抗えず、眠ったままでいる。
可憐と美童の覚醒は、相手が有名女優と知ったからでもあるが。

「では聞かせていただきましょうか?」

話を切り出した清四郎に李奈は薄い微笑みを見せた。
先程より随分と顔色はよくなっている。
可憐の淹れたブランデー入りの紅茶が功を奏したのだろう。
彼女の細い指はすこし震えていたけれど、果たして寒さからくるものか、それとも何かに怯えているのか……。
現段階で読み取ることは難しかった。

 

ほんのり色づいた美しい唇がゆっくりと開く。

「ここから10分ほどの場所に、プライベートコテージがあるんです。そこに二日前から滞在してるんですが……彼……恋人というか、私のパトロンなんですけど…………ちょっと喧嘩しちゃって……」

「喧嘩?」

「理由はホント下らないことなんです。あの人嫉妬深くて………私、女優だからある程度は我慢してもらわないと困るんだけど………それが無理なんでしょうね。」

哀しげな呟きを可憐がすかさず拾う。

「わかるわー!男ってほんと幼稚なところあるわよね。いくつになっても手がかかるんだから!」

「いやいや、全員そうとは限らないさ。寛容な男だっているよ!」

ここに!……とは言わなかった美童だが、顔は自信に満ちあふれている。
なにせ相手はとびきりの美人。
その上人気女優である。
ここぞとばかりにアピールするのも当然といえよう。

「……で?こんな吹雪の中逃げ出すほど、相手は怒っていたんですか?」

清四郎の問いに少し躊躇った後、李奈は微かに頷いた。

「一瞬、殺意を感じたの。だから……」

「うわぁ……厄介な男なんだねぇ。」

フェミニストを自負する美童にとって、そんな男は下の下。
不愉快そうに眉を寄せ、首を振った。

「んで?どーすんだよ?これから。」

暖炉の前でホットココアを啜っていた悠理が口を挟む。
ちょっと面白くない様子の理由は、やたらと清四郎が優しいからだ。
とはいえ、相手は超がつくほどの美人女優で、あまつさえ弱りきっている。
今、自分が嫉妬心を見せたところで、誰の同情も得られないだろう。

「嵐が……おさまるまで、お世話になってもいいですか?朝一にマネージャーへ電話して迎えに来てもらいます。」

「電話かぁ。あれ?ここ電波繋がったっけ?」

「最初は繋がってたんだけどよ。夕飯後ぐらいから不安定になっちまってる。」

「ふーん。それも天気のせいかしらね。何せ不便じゃない。」

「不便こそなんとやら……と言いますが、緊急事態だとさすがに困りますな。」

それぞれの見解をもとに皆が携帯電話を手にするも、たしかにアンテナはゼロに近く、最先端の技術が詰まったその機械はガラクタ同然。
となると……この雪嵐が過ぎ去るのを待つしか無いわけで………。

「取り敢えず今日はここで寝ちゃって、明日考えましょ!布団ならたくさんあるわよ。」

世話好き可憐の一言でその場はうまくおさまった。

「ありがとう。お世話になります。」

血色の戻った頬は薔薇色。
はにかんだような笑顔は天使そのものである。
これぞ美人女優の力か……と皆は納得し、このラッキーな運命を喜ばしいとすら思ったが、約一名、悠理だけは形容し難い思いを抱きながら、毛布の中に身を沈めた。

−−−−なーんか、やな予感するなぁ。

彼女がもつ野生の勘は当たるのが常。

芸能界の荒波に身を置く李奈の理想はまさしく清四郎のような頼り甲斐のある男で、心身ともに弱った自分を優しく受け入れてくれた彼に対し、小さな感情が芽生えたとて何らおかしな話ではない。

外は猛吹雪。
回復の兆しも見えやしない。
むしろこの先、困難が増えそうな見通しである。

深いため息を吐く悠理は、(やっぱ南の島に行きゃよかった)と今更ながらの後悔を毛布の中で呟いた。