アキ視点2

あの夜から五日が経つ。
彼からの連絡はまだ無い。

まだ?
いや、これはもう諦めるべきなのね。
しかしそう簡単に諦めきれない男の名刺はドレッサーの上に置かれたまま。

客としても、男としても、彼に心惹かれてしまう現実。

あの後――
彼らを見送った直後、ハルカは言った。

『なんかぁ、手強そうなお客さんでしたねぇ。』

彼女にしては鋭い。
でも私には勝算があったのだ。
少なくともあの時は―――。

名刺には彼の会社の番号と、恐らくは仕事用の携帯が記されてあった。

―――どうする?晃子(あきこ)

しつこく迫るような鬱陶しい女にはなりたくない。
ただでさえ、借金持ちのホステスだ。
個人的には無理でも、客とホステスの関係で会えるのなら、それはそれで満足すべきなのだろう。

しかし数秒後、私は首を大きく横に振る。

―――そんなのは大嘘だ。
会えば会うほど、きっと欲しくなる。
たとえ可愛い奥さんが居たとしても、愛人にしてくれと請い縋るだろう。
一度きりで良いからと、浅ましく身を投げ出すだろう。

自分でも不思議だった。
どうしてこんなに心を奪われてしまったのか。
一目惚れなど、今まで信じて来なかったはずなのに・・・。

痛いほど思い知らされたこと。
それは私がプロのホステスとして失格だということ。
けれど、彼との繋がりはあの店にしかない。
だからそう簡単に辞めることは出来ない。
そんな細い糸を頼りに、私は今夜も冷たく光るネオンの街を歩く。

店に入れば、いつもの常連客の顔。
視線を巡らせ探してしまうのも、日課になりつつあった。

「アキちゃん。ほら、熊谷さんがいらっしゃってるわ。席に着いて頂戴。」

熊谷建設の社長は、いつも私を指名してくれる上得意だ。
金払いはいいが、いかんせんすぐに口説き始めるので、遣りにくい相手ではあった。
それでも客は客。
私は気合いを入れて、席に座る。

「いらっしゃいませ。熊谷様。」

「アキちゃん、待ってたよ!ほら、ここに座って!」

腕を引かれ、強引に寄り添わされる。
これが『彼』なら・・・・そう思ってしまうのは仕方のないこと。
肌が触れあうことを嫌がっていては仕事にならない。

「今日はボトルもどんどん入れちゃおう!」

「あら、何か良い事でも?」

「そ!良いこと!」

40代半ばの熊谷社長は建設業界では風雲児と名高い。
女にはだらしないが、仕事っぷりの方はなかなかという噂だ。
その社長がここまで機嫌が良いということは、よほどの事だと勘付いた。

「いやぁ!やっと剣菱の仕事が取れたよ!」

―――剣菱??

「剣菱・・・ってあの剣菱ですか?」

「そう!あの剣菱。今度東京湾の埋め立て地に大きなドームを作るんだけど、その受注をうちの社員が頑張ってくれてね!目出度いだろう?ほら、何でも好きなの頼んで良いから。」

ヘルプに付いていた女の子たちが騒ぎ出す。
次々に並べられるシャンパンやフルーツ。
けれど、私の頭の中は彼の事で埋め尽くされていた。

「なかなか手強かったんだけどね。あっちにはちょーっと厄介な奴が居るからさ。剣菱清四郎って男で・・・・・・・・」

胸が高鳴る。
まさかその名が彼の口から出てくるとは思わなかったから。

「ハルカ、知ってますよぉ。この間ぁ、その人のテーブルに着いたんですぅ。」

「へえ、彼もここの客か。男前だったろ?ハルカちゃん惚れちゃったんじゃない?」

「かっこよかったですけどぉ。でもハルカは社長のほうがタイプかなぁ。」

「嬉しい事言ってくれるねえ。ほら、どんどん飲んで!」

私の膝を撫でながら、男は勢い付く。
その不快感を押し殺して、私は笑う。

会いたい・・・
彼に会って、もう一度、あの黒曜石のような瞳に映りたい。

高鳴ったままの胸は、酒の勢いでどんどんとヒートアップする。

「ねえ・・アキちゃん。今夜アフターに誘っても良い?」

「今夜、ですか・・・。」

「美味しい店、見つけたんだよ。」

「いいだろ?」・・・といつものように誘って来る男の酒臭い息が、吐き気を催すほど気持ち悪く感じた。

「熊谷様・・・ごめんなさい。お誘いはすごく嬉しいんですけど今日は少し用があって・・・」

「ええ・・・ほんとに?残念だなあ。」

「その代わり・・今度・・・・」

そこまで口にして、ふと思い立った。

そうだ・・・彼を同伴に誘ってみよう。
自然に、少し困った様子を見せて・・・・。
ああ、なぜ今まで思いつかなかったの!

「今度?」

「ええ・・・次回、是非。」

私は、今宵一番の極上スマイルを、隣の男に惜しげ無く見せた。