遠い島の小さな初恋物語(1)

 

時は春。
大学部の入学式も無事終わり、サークル勧誘も一段落ついた辺りの頃。
有閑倶楽部のメンバー達も新しい学び舎にすっかりと馴染み、長期連休に向け旅計画を立てていた。

「いいかげんアフリカいこーよぉ!南極でもいいからさぁ。」

「あたし、バンクーバーがいいわ。素敵なカフェがいっぱいあるもの。」

「わたくしはニュージーランドに興味がありますわ。自然も美しいでしょう?それに白ワインがとっても美味しいんですのよ。」

「うーん、僕はロンドンでゆっくりしたいな。この間知り合ったアンナちゃんがとっても可愛くてね。」

「俺、沖縄がいいぜ。もう海もあったけーだろーしよ。とにかく潜りたいんだ。」

それぞれの意見が揃ったところで、清四郎の鋭い咳払いが入る。
いつものことだが、旅の目的地が被ることはなく、結局ああだこうだと揉めてしまう。
そうなると何かしら興味を引く切っ掛けが必要となり、清四郎は頭を捻るしかないのだ。
しかし今回の彼は見事、切り札を用意していた。

「うちの遠縁がキューバ沖の離島でホテルを始めたんですがね。今なら半額でどうか?という話が来ていまして。青い海と白い砂浜の綺麗な………」

「「「「「そこに決まり!!」」」」」

とまぁ、上手くまとめあげるのがリーダーたる者の役目。
今年もまたとんだ騒ぎに巻き込まれるのではないかとの憂慮することもまた、彼の役割なのである。

「そうと決まれば、水着新調しなくちゃ!野梨子、早速銀座へ買い物に行きましょ?」

「ええ。帽子とワンピースも!」

「キューバって混血の美人が多いんだよねぇ。ガールハントに精が出るよ。」

「俺は潜れればどこでもいいぜ。ジェットスキーなんかも楽しめそうだしな。」

「清四郎!旨い飯たっぷり用意しておくよう連絡してくれよ!」

「はいはい。お望み通りに。」

というわけで、お騒がせ一行はすっかり心軽く、遠い南米の空に思いを馳せたのだった。



そしてあっという間にその日はやってきて。

「わぁ!素敵ねぇ!」

「とてもロマンチックですわ。」

離島ならではのこぢんまり感はあれど、白い壁に囲まれたコテージタイプのホテルは充分に女心をくすぐったようだ。
たった五棟しかない場所を、ほぼ貸し切り状態で利用できるとあってテンションも自ずと高くなる。
船と車を乗り継ぎ二時間ほど行けば、夜も賑やかなハバナで遊べるという好立地だ。

「そーいや、ヨット借りれるってさ。早速明日にでも沖に出てシュノーケリング楽しもうぜ。」

いつもの如く悠理に持ちかけた魅録であったが、残念なことに彼女の腹は先ほどからうるさく鳴りっぱなしである。
機内食をしこたま食べたくせにこれか、と呆れる一同。
清四郎は仕方なく、ホテルのオーナーである“芝田 兼久(しばた かねひさ)”に軽く目配せをした。

芝田は父方の遠縁である。
50過ぎだというのに日焼けした精悍な顔立ちは若々しさに満ちていて、どことなく清四郎の父、修平の面影がある。
とはいっても、遠縁であるからして血の繋がりは限りなく薄い。

ただ芝田と修平は昔から気が合うようで、付き合いはかれこれ三十数年になるらしい。
若い頃アウトローだった芝田は、未だ独身。
世界中を渡り歩き、その記録を何冊もの旅行記として販売し、今ではそれらの印税で苦労とは無縁の生活を送っている。

ホテル経営はあくまでも趣味の一環らしく、持ち前のセンスを活かしたナチュラルなテイストは客からも高評価を得ていた。
もちろん彼目当ての独身女性も少なくはない。

「ちゃんと用意してありますよ、お嬢様。」

彼の白い歯がキラリと光り、案内された食堂には、色とりどりのフルーツや魚介類が所狭しと並べられていた。
他にも豚のステーキ、オックステールの煮込み、豆をたっぷり使った郷土料理や海老のアヒージョ。
どれもこれも涎が溢れ出しそうな御馳走の数々だ。

「うっわーい!!」

手放しで喜ぶ悠理の椅子を、彼は恭しく引き、レディとして扱う。
しかしそんな事は気にもかけず、「皆も早く食べよーよ!!」と号令さながらに手招きする悠理。
香り高い料理を前に、鼻がヒクヒクと鳴る五人も胃袋が刺激されたのだろう。
こみ上げる誘惑にすんなり従うしかなかった。

白いテーブルクロスに並んだ大皿達は、さほど時間を要さず、すっからかん。
オーナーお勧めの地元ワインが、これまた食を進め、一同舌鼓をうつ。

「旨かったな。これなら毎日でも食えるぜ。」

「芝田さんは調理師免許も持っていて、昔はフランスやイタリアの一流レストランで働いていた経験もあるんです。」

「んまー!素敵ねぇ。あたし、後でレシピ教えてもらっちゃおうっと。」

かなり年上ではあるものの、いい男アンテナがビンビンに刺激されたらしい。
可憐はワインを注ぐ彼の綺麗な手を舐めるように見つめていた。

「この島って、バーとかないのかなぁ。」

何か企む美童の声に、芝田はにっこり答える。

「ここから歩いて15分ほどの場所に二軒ほどありますよ。」

「え?あるんだ!」

「ただし、遊びに来る女性は皆ふくよかな年配の方が多いですけどね。」

「んげっ!!」

打ちひしがれた美童を無視し、仲間たちはどんどんワインを空ける。
メインディッシュが終われば、次はデザートだ。
スパイスが効いた焼き菓子に、ドライフルーツたっぷりのクレミータ・デ・レーチェ。
自然な甘みのプディングは、お菓子作り名人である可憐をはっとさせた。

「ほんと………プロ級ね。すごいわ。ルックスもよくて料理もできて、お金持ち。どうしよう。惚れちゃうかも。」

と、本音を小声で洩らしながら清四郎の肘を小突く。

「ねぇ、年上すぎるかしら?」

「………本気ですか?」

毎度のことながら、恋愛(ハンティング)に力を注ぐ友人を、半ば呆れ顔で見つめる清四郎。
確かにどこかプライドを刺激される人物であるが、遠縁フィルターのせいか、そこまで意識したことはなかった。

「別に止めやしませんけどね………」

どちらかといえばモテるだろう彼の容姿を眺めながら、きっと可憐では太刀打ち出来ないだろうと予想する。
詳しくは知らないが、世界中を回っていた彼は、過去とびきりの美女たちと浮き名を流していたらしいのだ。
それも美童顔負けのモテっぷりで。
結婚しない理由は、自由で居たいからというシンプルなものらしい。
確かに金も仕事も名誉もあるのだから、わざわざ一人の女に縛られる必要性は見あたらないが………。

「さぞかしモテるんでしょうねぇ。」

野梨子の的確な呟きは、可憐の闘志に火を焼べる結果となった。

「ねぇ、芝田さん。是非とも現地のお菓子作り、教えてくださいません?」

いつも以上の色を乗せて、可憐は“しな”をつくった。
ふつうの男ならクラッとくること間違いなし─────なのだが、残念ながら相手も踏んできた場数が違う。

「いいですよ。どうせなら皆さんに簡単な焼き菓子をお教えしましょう。これからの世の中、男性もお菓子を作れなくてはモテませんからね。」

と、朗らかにすり抜けた。
苦虫を噛み潰す可憐。
その様子を笑う美童。

そんなこんなで楽しい旅の初日は過ぎていった。