好きなものは‘最新のメイク’と‘アダルトなファッション’。
あ、‘コンビニのデザート’も。
美容院代は毎月五万円。
エステを入れたら軽く八万は飛んで行く。
クラブでの仕事は、実入りもいいが出費も多い。
いつもギリギリの生活。
もっと家賃の低いアパートに引っ越すしかないのかとうんざりしている矢先、彼と出会ったのだ。
その夜は珍しく客層が若かった。
数ある六本木の中でも老舗な部類に入るうちの店は、既に年老いた会社役員達が足繁く通う。
五十代のママはいまだ現役バリバリ。
憧れこそするけれど、同じ生き方は出来ないなと常々思っていた。
「あら、剣菱様。お元気でいらっしゃいました?」
そう言って出迎えたママの声が弾んでいる。
これは上客か?と振り返れば、そこに立っていたのは若々しい二人。
どことなく似た二人なのに、何故こんなにもオーラが違うのか。
私の目は片方の男に釘付けだ。
180はあるだろうか。
鍛えられた長身を質の良いスーツで覆い、磨きあげられた靴は一目でフルオーダーだと判る。
撫で付けられた黒髪と同色の瞳には、何もかもを見透かすような光が宿っている。
穏やかな笑みを湛えているというのに、どこか仄かに冷たい。
「アキちゃん、ほらご案内して差し上げて?」
ママに気に入られている私は、真っ先に二人をVIP席へと誘った。
もう一人の男は「一本電話してくるよ」と言い残し、一旦店の外へと出て行く。
必然的に彼と二人きりになり、僅かに胸が高鳴ったが、それを見せてはプロとは言えない。
「剣菱・・・様とはお初ですわね?」
私は少しだけ間を空けて、腰かけた。
その距離は初対面の客に対する私自身の警戒心。
他の女の子達は、初めからべったりが当たり前なのだが、私はそれが出来ないタイプだ。
「僕はこのお店自体、初めてなんですよ。」
熱いおしぼりを差し出すと、彼は長くて綺麗な指先をそれで拭く。
思わずうっとりしてしまった。
「あら、そうでしたか。私、このお店はまだ四ヶ月目なんです。」
「ほう。見た感じナンバーワンとお見受けしましたが?」
「ふふ、とんでもない。」
そう言って誤魔化してはみたが、彼の言う通り、私の売り上げは今月初めてトップに躍り出た。
それでも月々の借金返済にはほど遠く、いつも元カレに恨み節だ。
「もし他に気になる子が居たら教えてくださいね。すぐに呼んで参りますから。」
これが私の仕事スタイル。
決してがっついた態度を見せない。
年齢よりも上に見せる為、言葉遣いにも気を付ける。
それが相手を落ち着かせるのか、指名は日に日に多くなっていた。
「ふ。」
彼はそっと息を吐くように笑う。
「なにか?」
「いえ、まだお若いのにプロ意識をお持ちのようだ。感心しました。」
若いと見抜かれたことはともかくとして、プロ意識を指摘されたことに少したじろぐ。
彼は見かけ通り、油断出来ない人物だと思った。
「お褒め頂いたと受け取ってよろしいのかしら?」
「もちろんですよ。」
そんな会話の最中に、もう一人の彼が戻ってくる。
彼に付き添っているのは新人、といっても私と一ヶ月しか変わらないハルカだった。
甘い声と舌足らずな話し方が、幼女趣味な客に人気だ。
「豊作さん、どうでしたか?」
「うん。やっぱり首都高の事故で渋滞に巻き込まれたらしい。二時間くらいはかかるみたいだね。」
「そうですか。ではまた別の機会ということで?」
「うん。専務には謝罪されたよ。お詫びに彼の名で好きなだけ飲んで良いと。」
「さすがの太っ腹ですな。しかし僕は少ししたら帰ります。悠理も待っているでしょうから。」
―――ゆうり?
ああ、妻帯者なのね。
指輪が無いから、独身だと思い込んでしまっていた。
私は酒を作りながら、チラと‘豊作’と呼ばれた男を窺う。
よくよく見れば、こちらも整った顔立ちをしている。そして彼の指にも輪っかははまっていなかった。
若くて良い男が二人揃うテーブル。
こんなラッキーは滅多にない。
「今夜、お時間が無いようでしたら、また次に是非ご指名ください。精一杯おもてなしさせていただきますので。」
名刺を差し出しながら微笑むと、彼らは一瞬目を見開き、そしてゆったりと頷いた。
「もちろん。贔屓にさせていただきます。」
「ね?良い店だろ?清四郎君。」
―――剣菱清四郎。
交換した名刺を見れば、彼の若さでその役職に就いているということが、どれほど途方もない事か、自ずと解る。
『剣菱財閥会長補佐』
それが彼の肩書きで、もう一人の男こそが、次期会長であるとその場で知らされた。
社会面を読まないハルカは、彼らのポジションを想像出来ない。
いつものように、甘ったるい声でしなだれかかっている。
私はすっかり‘剣菱清四郎’に興味を持ってしまった。
客に対して個人的な感情を持つことは禁忌とされているが、今さらどうにも止められないと、脳が何度も弾き出す。
渡した名刺の裏にはプライベート用の携帯番号が書かれている。
かかってくるかどうかは、一つの賭けだった。