剣菱家の溜息

Rシーンあり


 

 

「キッズモデル~?」

「そ!あんたの子、わりと可愛いじゃない?もう三歳なんだし、頃合いとしてはいいと思うのよねぇ。」

「“わりと”じゃねぇよ。すっげぇ可愛いんだ!」

手製のケーキ持参でやってきた可憐は、すっかりステージママ風情。
パンフレットを広げ、聞いてもいないのに事細かに説明を始める。
それもそのはず。
彼女の息子は三ヶ月前モデルデビューを果たしたばかりだが、既にかなりの売れっ子になりつつある。
美童の血を強く引いている為、顔立ちは思いっきり西洋風。
たった四歳ながらも、大人顔負けの色気を漂わせ、周りの女性たちを虜にしていた。

「うちの絹人(ケント)みたいに子供服雑誌の表紙飾るとかどう?」

「興味ねぇよ。」

「どうして?悠舞(ゆま)ちゃんなら目力もあるし、すぐに売れっ子になるわよ?」

「あのなぁ………。剣菱(うち)が本気出せば、雑誌でもコマーシャルでも即採用って決まってんだろ?んなことよりも、でっかい問題があんだよ。」

「なによ、問題って。」

悠理は溜息を吐く。

「“清四郎”。」

「………………あ、あぁ、そうだったわね。あたしとしたことが忘れてたわ。」

その溜息の意味を正しく理解した可憐もまた、追随するよう深く息を吐いた。

日本一のお騒がせ家族・剣菱家は、現役引退した万作・百合子に加え、豊作、そして五年前に結婚した若夫婦一家が同じ屋根の下で暮らしている。
後継者である豊作はアメリカの別宅と自宅を行き来していて、一年の半分は留守にしているが、誰も気に留めていない。
未だ浮いた話もなく、女っ気のない真面目一筋な生活を送っていた。

清四郎が剣菱に婿入りした時、「やっと肩の荷が下りたよ」と呟いた彼だが、「僕は補佐に回ります。表舞台はお義兄さんにお任せしますよ。」と不敵な笑みで返された為、今も慌ただしく世界を駆けずり回っているのだが、実質権力を握っているのは清四郎である。
万作の膝下で日々勉強させられ、どちらが本当の息子かわからないほど関係は親密だ。

それはともかくとして、本気の交際を始めた清四郎と悠理は、当時23才。
相変わらずトラブル続きのドタバタ人生だった彼女が、守り人である清四郎相手に、ふとした拍子で恋してしまったのは何の奇跡か。

当然の如く行われた悠理の果敢なアタックは、冷静沈着な男の心を揺さぶり、二ヶ月も経たない内に陥落。
それを知った百合子もまた、そそくさと結婚話を進め始めた。

その甲斐あってか一年後、無事入籍、挙式したわけだが、その時二人暮らしを考えていた清四郎は、しかし万作から猛反対を受ける。
悠理を誰よりも可愛がっている親バカな上、百合子が何の予告もなくふらりと何処かへ旅だってしまう為、寂しがり屋の万作には我慢出来なかったのだ。
空虚な我が家を想像し、胸を絞る。(この時、長男の存在は意識していない)
となると、帝王の言葉は絶対である。

結局、二人きりの穏やかな生活を諦めた清四郎は、屋敷内を改築させプライバシーを重視した部屋に作り替え、ひとまずは良しとした。
金はうなるほどある訳で、誰も異を唱えたりしない。
………と同時に、近い将来生まれるであろう子供たちの部屋も設けられ、いよいよ豊作の肩身は狭くなっていった。

百合子が望んだ愛らしい孫娘が誕生したのは、結婚から二年経った麗らかな春のこと。
命名・悠舞(ゆま)。
3200グラムの立派な赤ん坊だった。

全世界のセレブを巻き込んだ豪華なお披露目会は、慣れているはずの仲間たちですら度肝を抜かれた。
しかし何よりもその変化に驚かされたのは、清四郎の親バカぶり。
まだ一ヶ月にも満たない我が子を片時も離さず、たとえどんなトラブルが起きても自分が体を張って守るという決意がありありと見て取れ、隠そうとしない熱意はむしろ彼らしくないような気がした。
無論、警備にかかったお金は莫大である。

悠理が嫉妬するほどの子煩悩ぶりを全世界へ披露した清四郎だったが、その後、娘の顔を一切マスコミに公表せず、まさしく蝶よ花よの箱入り娘に育ててきた。
周りの人間は最初こそドン引きしていたが、娘を持つ男親など、どんな世の中でも似たり寄ったりである。
すぐに慣れた。

そんな彼が愛娘をモデルに?

有り得ない話だ、と悠理はぼやく。

「そうよね。あいつの性格を考えたら、どんな手を使ってでも邪魔されそうだし、あたしもまだ命は惜しいわ。」

「だろ?」

相変わらずの食欲でケーキを平らげる悠理だったが、ふと隣の子供部屋の様子を気にかけた。
どうやら娘が昼寝から目覚めたようだ。

「可憐、ケーキまだある?」

「シュークリームならあるわよ。」

「あいつにやってもいいか?」

「もちろん。」

子供を持つ親の顔を見せる友人に、ひとしきり感慨を受ける可憐。

「変われば変わるもんよねぇ。」

此処にはいないもう一人の友人を思い浮かべ、自然と笑みがこぼれた。



その日の夜。
悠理はいつもの如く深夜に帰宅した夫へ駆け寄り、労いの言葉をかけた。

「お疲れ。なんか食う?」

「いや、軽く食べてきたので。それより悠舞は?」

自分より娘に気を配る清四郎は決して嫌いではないけれど、胸の奥底でモヤモヤするのは防ぎようがない。
単純に嫉妬だ。

「とっくに寝たよ。夜はディズニーのDVD観てはしゃいでた。」

「そうか。少し顔を見てきます。」

「清四郎!」

呼び止めた理由はいつもの習慣を忘れていたから。
娘が生まれてからというもの、こういうことは度々あった。
それもまたモヤモヤの一つ。

「おっと………そうだった。」

不満げな妻の肩を引き寄せ、清四郎はそっと口付ける。
いつもならたった数秒だけで離れるのだが、しかし今日の悠理は違っていた。
背伸びしたまま首に腕を回し、噛みつくようなキスを仕掛けてきた。
彼の黒髪をかき混ぜながら、身体ごと押しつけるように。

「……っ……ゆ………ぅり」

何百回と経験を積んだ悠理のキスは、本能に訴えかけるような濃密さをはらんでいた。
時として、清四郎も太刀打ちできないほどのエロティックさで誘惑してくる彼女は、舌と唾液を絡め合わせ、押しつけた体からは甘いフェロモンが溢れ出す。
仕事で疲れた体に直接訴えかけるような魅惑が、子煩悩な清四郎のスイッチをいよいよ切り替えてしまった。

「そんなにも…………やりたいんですか?」

それでもプライドを取り繕い、余裕げに尋ねる。

「ただのセックスじゃヤダ。ちゃんとあたいを愛してくんなきゃ………」

「愛してるでしょうが。いつも………いつも………」

妻を軽々と抱え上げた清四郎は、方向転換した後、巨大なベッドに放り投げる。
温かそうなパジャマの下に、さて今夜はどんなご馳走が待っているのか。
慌ただしくネクタイを解き、舌なめずりする勢いで覆い被さると、悠理は嬉しそうな笑顔で夫を迎えた。

一つ、また一つ、心を暴くようにボタンが外される。
白い肌がいよいよ覗き、手に吸いつくようなアイスブルーのシルクがお目見えした。
触れれば簡単に尖る胸の頂は期待のあらわれ。
心地よい手触りにうっとりしながらも、勃ち上がったそれを執拗に捏ね始める。

「相変わらず、やらしい身体だ………」

誰がそう作り上げたのか、と詰りたい悠理だったが、今はぎらついた夫の目が自分にだけ向けられていることに喜びを感じ、言葉を発することを諦めた。

ただただ浸りたい。
清四郎との愛の時間に━━━

長く繊細な指が切ない刺激を与える。
お腹の中が欲情で満たされ、むずむずと蠢く下半身に直接的な欲望を押しつけられると、より深い幸せに満たされる悠理であった。


とても仕事を終えた男とは思えない激しさで抱かれた後。
僅かな意識だけを残された悠理は、シーツに突っ伏したまま夫の気配を探る。
どうやらシャワーを浴びているようだ。
三日に一度は愛し合っているものの、清四郎の体力は増すばかり。
仕事の合間、和尚の寺へと足を運び、ひたむきに鍛錬していると風の噂に聞いた。
それは愛娘が生まれてからより一層熱心になったという。

━━━━結局、真面目なんだよな。

そう言う悠理もまた、キックボクシングや合気道を習っていて、いつ何時訪れるかもしれない事件に対処出来るよう鍛えていた。
何せ、トラブルメーカーの娘である。
どれだけ気を揉んでも揉み足りない。

気怠い身を起こし、サイドテーブルに置かれた水を飲んだ後、眠気と戦いながらシャワールームへ向かう。
汗と体液にまみれたまま眠るのは、悠理といえども少々抵抗があるのだ。

熱めのシャワーを浴びる夫の背中は広くて頼もしい。
満足したはずの情欲が復活しそうなほど色気ある体に、後ろから無邪気に飛びついた。
まるで子供のように負ぶさる妻を、夫は身じろぐことなく受け止める。
情事の後、甘えん坊になる悠理はなかなかに可愛らしく、清四郎としても頬が緩む。

「シャンプーするのか?」

「うん!」

汗に湿った髪を濡らしながら、慣れた手付きで泡立てていく姿は飼い主のそれ。
あまりの心地よさに悠理が溜息を吐くのも無理はなかった。

「あのさ………」

「ん?」

「“キッズモデル”………って分かる?」

「そりゃあ、分かりますよ。それがどうしたんです?」

特に興味を示さない清四郎の指は、細い髪を丁寧に梳き、洗い流す。
張りのある胸板にもたれ、勇気を出して尋ねてみたのだが、あまりいい反応ではなさそうだ。

「可憐がさ………絹人みたいに、うちの悠舞を………」

「駄目です。」

案の定、予想通りの答えが返ってきた。

「やっぱ?」

「当然でしょう?モデルなど、“うちの子を誘拐してください”と言ってるようなもんです。だいたい剣菱の娘だと知られたら、どんどん話が大きくなるに決まってる。この点はお義母さんにもきちんと理解してもらってるんですよ。」

髪の次は身体へと手が伸びる。
泡立てた海綿を使い、隅から隅まで洗ってくれる夫に、最初の頃は本気で抵抗していたが、今ではすっかり身を任せている。

「それはわぁってるけど、あんま過保護に育てるのもなぁ。」

「悠舞がおまえのように悪運が強いかなんて、まだわからないでしょう?それに親として、些細な傷すら付けたくないと思うのはおかしいですか?」

出産を機に成長した柔らかな乳房を揉みしだかれ、清四郎の低い声を耳元で聞いた。
どうやら彼は、悠理の提案を色事で押さえ込むつもりだ。

「………ぁ、だめ…………もぅ……」

「僕は夫として、父として、家族を守りたい………いや、守らなくてはならないんだ。だからここは譲れませんよ。」

いつの間にやら下腹部に到達した手が、洗ったばかりの其処を掻き回す。
新たな愛液を絡ませた指が奥深くにねじ込まれ、悠理は悲鳴のような喘ぎを洩らした。

「あぅ!!………せぇしろ……ダメだってば………ぁ………ん!」

「ここなら………どれだけ汚れてもいい。好きなだけ乱れなさい。」

逃げようとする腰を掴まれ、何の躊躇いもない挿入を背後から受け入れる。
さっきまで結合していた場所はドロドロに溶けていて、たとえどれほど獰猛な動きであろうと体が感じ始めるのは早かった。

「はあっ…あぁ、あっ……!も、ぁ、やだぁ。」

声を抑える事が出来ない。
一心不乱に腰を突き上げてくる夫の息遣いがシャワールームに響きわたり、やたら気分が盛り上がる。
いつしか悠理自身も淫らにお尻を突き出し、より深く繋がるよう角度を調整していた。

「…………ゆうり…っ…………」

「ん………あぁ!!せぇしろぉ!」

つま先立ちした下半身がブルブルと震え出す。
それは深い絶頂の合図。
しっかりと支えられた腰の奥で、熱い迸りを感じ、悠理の視界はくらりと歪んだ。

はぁ

はぁ

交互に吐かれる荒い息がようやく整った頃、清四郎はやるせない表情で己を抜き去る。
いつも悠理から離れるとき、寂しい気持ちにさせられるのは、一つに繋がる充足感があまりにも深いからだろう。
強めのシャワーで互いを洗い流した後、バスローブにくるまり、広すぎるベッドに大の字で転がる。
全てがいつもの流れで、悠理は疲れからか、ウトウトと瞼を落とし始めた。

そんな妻に寝冷えさせまいと、シーツを被せる優しき夫。
そしてふと、さっき聞いた話を頭に浮かべた。

━━━ったく、可憐にも困ったものです。

ついつい深い溜息が出る。

昔も今もトラブルには事欠かない家族なんですよ?
ついこの間は両親と一緒にアフリカへ出かけ、サイの群れに襲われたところ、運良く現地の村人達に助けられ、それを僕が必死で捜し当てたんです。
どれほどの人手を要したか、知ってるんでしょうかね。

それに最近、虎視眈々と悠理を狙う悪い虫が見え隠れしてるんです。
常日頃から会っているとその変化が分からないかもしれませんが、可憐とはまた違った色気を醸し出してきてるんですよ。
ただでさえ気を揉んでいるのに、更に娘まで………。

ああ、おぞましい。
考えたくもありません。

清四郎は静かに首を振ると、呑気な寝顔を晒す悠理の鼻をキュッと摘まんだ。

「過保護でもなんでもいい。この剣菱家を守るのが僕の役目なんです。その覚悟がなきゃ、おまえと結婚などしていませんよ。」

彼にしては慈愛に満ちた微笑み。
その言葉が悠理の耳に届いたとは思えないが、彼女は夢の中でにんまり、幸せそうに笑った。


結局、キッズモデルの話はそれから一度も浮上せず………
可憐の興味は、腕利きのイケメンカメラマンに移行したらしい。

「ま、うちの美童ほどじゃないけどなかなかハンサムで、ちょっと男くさいのよねぇ。彼なら“一夜限りの恋”なんてのも悪くないかも。ふふ。ところであんたはどうなの?清四郎に飽きたりしてない?」

「…………………。」

今日も気まぐれな友人が持ち込むネタに、溜息を吐く悠理であった。