狐の婿取り~第八話~

※R注意

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人気のない門から静かに案内された先は、あまりにも立派な寝殿だった。
大きな池にかけられた反り橋を幾度も渡り、多くの樹木が植えられた中庭を通る。
春になれば恐らく、見事な梅や桜に彩られるのだろう。
釣殿を横目に先へ進めば、一層明らかになる寝殿の大きさ。
やんごとなきお方の豪華な屋敷は、まさしく度肝を抜くものだった。

そんな屋敷の端にある離れの一つで、魅録は休むよう告げられた。
立派すぎる庭園は一度教えたくらいでは迷う輩も多い。
しかし魅録は暗がりの中、直ぐに位置関係を把握し、「これから世話になりますぜ。」と不敵な笑顔をこぼした。
もちろん心中は複雑である。
清四郎の腕に抱かれた悠理はこの上なく幸せそうで、まるで借りてきた猫のように大人しかったから。

━━━━それほどまでに通じ合っているのか

お呼びでないと感じた魅録は頭を掻きながら、離れの中へと足を踏み入れる。
おおよそ十畳。
床板は年季が入っているものの、わりと手入れがされていて艶光りしていた。
その上、仄かにお香が漂っている。
我が家の古びた小屋とは大違いだ。

粗末ながらも枕と表筵があり、寒い時の為に火桶も用意されていて、使用人の居としては出来過ぎなくらい快適な環境だった。
それもこれもあの男の器が大きいから………いや、違うな。これは明らかに口止め料だ。
魅録はそう胸の中でごちた。

小さな窓から遠くに見える仄かな灯り。
想い人と過ごす夜はさぞかし愉しいものだろう。
モヤモヤする気持ちを押さえ込むよう、魅録は布団を広げ横たわった。

帝の弟と妖狐の娘。
そう聞かされた時、不思議と納得したのはそれなりの雰囲気が二人に漂っていたからだ。
本来なら結ばれぬ運命にあり、とてもじゃないが妾にだって出来やしない。
それなのにあの男は悠理を真っ直ぐに見つめ、自分の屋敷へと招き入れた。
そしてどんなものからも守ると誓った。

「“言うは易し”…………だがな。」

もし帝の側近たちがこの事実を知れば、目くじらをたて反対すること間違いない。
何せ、相手は“妖”。
朝廷にとっては敵のような存在だ。
そうなると悠理の身に危険が降りかかることは、火を見るより明らかだった。

「ふん。だからこそ、俺が雇われたんだろーけど。」

魅録も馬鹿ではない。
清四郎が宵丸の言葉を素直に聞き入れるような男ではないと、即座に気付いた。
利があると践んだからこそ、提案を呑み込んだのだ。
その“利”とは当然、悠理の身を守る為、体を張るということ。
清四郎もまた、魅録の性格と心情を瞬時に悟り、利用価値を見出した。

「悠理も莫迦な女だ。あんな男に惚れられてよ。俺にしとけば楽な生き方が出来ただろうに………」

ぼやく魅録の声は空を舞う。

「ま。こればっかりはしゃーねーよな。」

明日の風は明日吹く………
魅録はゴロンと横たわり、心地よい寝床の感触に身を預けた。


 

「あ………っ………ちょっとまっ………」

部屋に入るなり着物の掛衿に手を差し込む男の顔は、悠理も初めて目にするものだった。
夜風で冷えた髪を愛しげに頬擦りしながらも、大きな手が忙しく先へ進もうとする。
小さな乳房を乱暴に揉みしだき、焦る悠理の顔をマジマジと見つめ、

「あの男にも……こんなことさせたんですか?」

と尋ねた。
苛立ち混じり質問から読み取れる清四郎の本音。
他の男と同じ屋根の下に居たと考えただけで、胸がかきむしられる。

「んなわけ………ない!あたいは………清四郎だけ………」

「本当に?」

疑われることは痛みだ。
悠理の胸がツキンと音を鳴らした。

「当たり前だろ?ここには清四郎の子が………」

「そうでしたね。私の子…………これはもう最初から結ばれる運命だったということか。」

結ばれた帯が容易く解かれ、襦袢姿が露わとなる。
まだ膨らみもない腹を撫でながら、清四郎はやや複雑な面持ちでそこへと顔を近付けた。

「人か………妖狐か…………どちらにせよ、私たち二人の子だ。この世で最高の幸せを与えなくてはならない。」

それは悠理とて同じ気持ちだ。
だがこのまま、清四郎のもとで暮らすことが可能だとはどうしても思えない。
妖狐の里に戻れば、厳しくも優しい家族や多くの仲間が居て、何とかやっていけそうに思えるのだが…………。

「でも………あたいは…………此処にいていい存在じゃないよ?」

「何故?この屋敷は私のもの。私が決める事に、誰一人として口出しさせやしません。」

解き抜かれた襦袢の紐が茵しとねの上に放り投げられ、あられもない姿が清四郎の目に晒される。
たった五日前に愛された身体は、刻み込まれた記憶をもとに早速熱を持ち始めた。

「妖でもいい。…………悠理、貴女は私の人生に欠かせない存在だ。」

優しく掻き抱かれながらも、男の情熱は激しさを増す。
巧みな愛撫と熱い吐息。
それらが伝われば、悠理の不安ごと押し流してしまう。

「ん………ぁ………」

肌をまさぐられるだけでも興奮が高まり、熱を孕んだ淫らな声が夜の空気を震わせる。

愛しき男。
妖狐と知り、なお迎え入れようとする本気の想い。
その心が胸を熱くさせ、より大胆な行為へと誘う。

「せぃしろぅ………」

向き合った互いの肌を擦り合わせ、着物越しに手で包み込んだ情熱の証を確かめると、鍛えられた身体から立ち上る体温にクラクラさせられる。

━━━━欲しい

匂い立つ女の興奮は男から理性を奪い、清四郎はいち早く繋がりたいと急かすよう、腰を揺らした。

「ああっ………!」

大きく開かれた脚が衝撃に耐える。
満たされているのは体だけじゃない。心だ。
“一目会えればそれでいい”
そんな願いは嘘っぱち。
本当はずっとこうしていたい。
熱に浮かされたまま、この男の胸に抱きしめられていたい。

悠理はホロリと涙を流し、願った。
腹の子を気にしてか、清四郎はゆっくりとした律動を加え、それでも体の至る所に愛咬の痕を残してゆく。

まぐわる事がこんなにも切ないなんて。

感極まる悠理の涙を指ですくい取り、清四郎は滑らかな素肌へと優しく唇を這わせる。

「………もう二度と………離さない!」

昇り詰めようとする男の声は、痛ましいほどの覚悟を感じた。
葛藤の中、律動は激しくなり、全身から漂う汗の香りに悠理もまた深い絶頂を迎える。

「あ、ああっ………!!」

「………っく………」

広く逞しい背中に爪を食い込ませ、細い喉をめいいっぱい反らす。
すっかり蕩けた腰を、中に留まったまま揺らし続ける清四郎。
彼の迸りを奥深くで感じていると、また直ぐに次のソレを欲してしまうから不思議だ。

「今日は一晩中、貴女を貪りたい。」

しっとり、欲情絡ませた声で囁く。
その誘いに反論できる悠理ではない。

「あたいも……………清四郎が欲しい。」

通じ合う心に身を任せ、二人はより深い情交に溺れていった。

またしても雨が地面を打つ。
弱い雨だ。
朝靄に包まれた庭は、この世とあの世の境界かのように朧気だ。
乱れた布団の中、起き上がった悠理は、さらけ出していた肌を襦袢で覆い、愛しい男の顔を見下ろした。

何度みても凛々しく美しい。

夕べはこの整った唇と、深い口吸いをしてしまった。
現在の世で、あんな事は誰もしていないように思う。
舌を絡ませ、互いの口の中を舐め回し、こぼれる唾を飲み干すなんてことは、破廉恥の極みだ。

でも………気持ちよかったなぁ………

思い出しただけで、秘部がじわっと濡れる。
こんなにも位の高い男なのに………まるで獣のように激しく求めてくる。
いや、むしろ獣以上に。

「こんな幸せ………あったんだ。」

独り言を洩らした悠理の腰を、いつの間に目覚めていたのか、清四郎の腕が不意に抱き寄せる。
またしても布団の中へと引きずり込まれ、夕べ何十回と交わした淫らな口吸いが始まった。

濡れた粘膜の淫靡な音が漂う静寂。

「まだまだ序の口ですよ。」

清四郎はそう言ってより深い場所へと舌を差し込み、悠理の吐息を奪う。
羽織っただけの襦袢の襟元を割り開き、散々舐めしゃぶったであろう胸の先を指で愛撫しながら、それでも唇は塞いだままでいる。

「ぅ………んっん…………ん!」

息継ぎも出来ぬまま、清四郎の唾液を飲み下せば、それは未知の悦びとなり悠理の体を熱く滾らせていった。

「悠理………愛しい…………」

何十回と聞いた台詞だが、その都度甘い痺れを感じさせる男の本音。
濡れた花芯へ清四郎の指が確かめるように潜り込み、湿った音を響かせる。
やがて女の躰を知り尽くした動きで、悠理を遙か高みへと誘い始めた。

「あ………ああっ………清四郎っ!!」

身を捩り、涙をこぼしながら、独り達するは流石に寂しい。
悠理は喉を鳴らしながら、清四郎の名を切なげに呼ぶ。
快楽に翻弄される女の美しさに、清四郎の我慢も利かない。
薄い衣を脱ぎ捨て、猛りきった熱い楔を勢いよく押し当てると、蜜が滴る壷の中へ一気に埋め込んだ。

「ふぁ……ぁんんんっ………!」

はじけるように飛び出す嬌声。
悠理は引き寄せた襦袢を慌てて噛みしめる。
こんなにも朝早く、万が一屋敷の者に知られでもしたら…………羞恥に胸が張り裂けそうだ。
なのに━━━━━

「我慢しなくていい。もっと聞かせてください。貴女の声は私にとって“興奮剤”なのだから。」

意地悪な誘い文句に悠理は激しく首を振ったが、それでも清四郎は膨張した熱杭で奥深くを優しく抉る。
そのたびに甘い声が洩れ出し、きゅうっと締まる柔らかな媚肉。
愛しい男を離したくないと、本能がそうさせるのだ。

「あ…………ぁ………ん……ぁあ!!」

「ああ、悠理……この身体が………私を求めていると………分かりますよ。」

清四郎は巧みな腰使いで悠理の胎内を掻き回し、より深い快感を与えようとする。
夕べから何度も味わった其処には、まだ生暖かい己の欲望が留まっているはずだ。
何度吐き出しても飽きることがない。
女を完全に自分のものにしようとする男のエゴ。
子を孕んだと聞いてなお、その真実味を高めようとする本能の行為。

ふるふると内腿が揺れ、絶頂を迎える準備が整うと、おもむろに悠理の腰を抱き寄せ密着度を高める。

「いきますよ…………」

「んっ……!!」

快楽に溺れる悠理の、幾筋もの涙が通った頬に口付けながら、清四郎は高まりきった情熱を弾けさせた。

はぁ……はぁ…………

淫靡な空気漂う中、雀たちの鳴き声が届く。
脱力した悠理は、迷った末、とうとう変化を解いてしまった。
あまりにも体力を使いすぎたからだ。

清四郎はその美しい狐にふわりと布団をかける。

「ゆっくり休んでください。」

優しい促しに狐は返事することなく、眠りへと落ちていった。
もう、胸を掻き毟るような焦燥は訪れない。
愛しい男が直ぐ側にいるのだから。

床に乱れた悠理の着物らを装飾が施された衣桁に掛け、清四郎は庭を見渡せる簀子縁すのこえんに立った。
腰は怠いが空気は冷えていて、頭がシャキッとする。
悠理を手に入れたことで憂いがなくなり、いつになく晴れ晴れしい気持ちだった。

確かに問題は残っているが━━━━

それよりも我が子を孕んだ愛しき女を側に置くことが出来た達成感が、男を前向きにさせた。

“妖狐の一族”と“朝廷”。
相容れない者同士だが、解決策はあるはず。
兄である帝は当然世間知らずで、善悪についてはあやふやだが、しかし性格は悪くない。
問題はその下で色々と画策する大納言ども。
次々とうら若き娘を後宮へ送り込み、現右大臣との権力争いに邁進している。
万が一にでも悠理の事が明るみにでれば、喜び勇んでこちらを攻撃してくるだろう。

「帝の御意志を確かめねば…………」

兄である帝との距離は近く、互いの信頼関係は深い。
話せばきっと解ってくれるはずだ。

清四郎は自ら“妖”と“人間”の橋渡しを務めようと考えていた。
後ろめたさを拭い去り、二人堂々と夫婦めおとになりたい。

「…………姫には申し訳ないが………私にとって妻は一人でいい。」

そうした決意を呟く清四郎であったが、目の前に広がる朝靄は晴れるどころか、よりいっそう色濃くなっているような気がした。