「はい、これは悠理ちゃんに。」
菊正宗家では毎年恒例、クリスマスのプレゼント交換が繰り広げられていた。
修平は家族全員に温泉宿の宿泊券を。
和子はそれぞれに色違いのマフラーを。
そして清四郎の母は、結婚二年目の若夫婦へ、お揃いのセーターを手渡した。
優しい微笑みと共に、目が覚めるようなセンスのそれを。
「おふくろ…………この年でペアルックはさすがに……(それもこんな柄)」
「あら、良いじゃない。貴方たち、まだまだ若いんだから。」
「あははっ!!母さんったら、やるじゃない。清四郎、姉命令よ。次のデートにはこのセーターを着て出掛けること。もちろん悠理ちゃんも!いいわね?」
「う………うん。あんがと…か、義母ちゃん。」
白と赤のボーダー柄。
悠理はともかくとして、清四郎の趣味から遠くかけ離れたセーターを手に、二人は顔を見合わせ苦笑する。
━━━━しゃーねぇよな?
━━━━覚悟しますよ。
アイコンタクトで頷きあったものの、やはり気恥ずかさは拭えないもので………。
ようやく袖を通したのは、正月準備を終えた大晦日。
二人は、爆笑する和子に見送られながら車に乗り込むと、冬の海へと走り出した。
無論、人気のない場所を選んだつもりだが、これが意外にもカップル多し。
砂浜でキャッキャッとはしゃいでいる。
海を見るとムズムズしてくるのが野生児たるもの。
しかし開き直った悠理に対し、清四郎は車からなかなか降りようとしない。
「早く来いよ!誰も気にしてないってば。」
「そうは言いますけどねぇ……」
カジュアルなモヘアセーターに合わせ、清四郎にしては珍しくジーンズを履いている。
足元はスニーカー。
まるで高校生のような出で立ちだ。
「似合ってるよ!せぇしろちゃん。」
「はぁ………」
とても、剣菱本社で『鬼』とあだ名される男には見えない、気落ちした溜め息を吐く。
それでもようやく腹を括った清四郎は、悠理に手を引かれ、砂浜へと下り立った。
「へへ!なんか可愛いな、おまえ。」
「そんな言葉、男として嬉しくありませんよ。」
「そ?」
駆け出す妻の後ろ姿は、文句なしに可愛い。
セーターも良く似合ってるし、デニム地のミニスカートも最高だ。
清四郎は、長年見てきた奇妙キテレツな格好を思い出し、クスッと笑った。
「あいつも大人になりましたな。」
今は、落ち着いたドレスすら着こなすようになった悠理。
菊正宗家の嫁としての体裁を、見事保ってくれている。
相変わらずの食欲は別として。
何処に居ても目立つ、赤と白のボーダー柄。
そういえば、昔はこんな派手な洋服を好んで着ていたな。
となると、このプレゼントは母の気遣いなのかもしれない。
「ふ………たまには買い物にでも付き合ってやりますか。」
清四郎が手招きすると、悠理はまるで犬のように駆け寄ってくる。
とてもいきいきとした表情で、見えない尻尾を振りながら。
彼はその身をすかさず抱き寄せ、腕の中に閉じ込める。
人目など気にも留めずに。
「な、なに?」
「悠理、我慢していることはないか?」
「へ?」
「うちに嫁いで、辛いと感じることはないですか?」
どんな不満でも受け止めよう。
そう覚悟していた清四郎だったが、悠理は胸の中でプルプルと首を振る。
「ぜんっぜん、無い!」
「本当に?」
「うん!毎日、スゲー楽しいよ。」
その表情から、嘘や痩せ我慢は感じられない為、清四郎は安堵する。
悠理ほど解りやすい女はこの世に居ない。
それは、長年彼女を観察してきた彼だから言えること。
「今から洋服を買いに行きませんか?何でも好きな物を選べば良い。」
「え?いいの?このペアルック、恥ずかしくない?」
「今日一日くらいなら………」
「こいつぅ、無理しちゃってー!」
それでも嬉しそうに笑う悠理は、その後、行き着けのショップで自分好みの奇抜な洋服を20着も購入した。
まるで水を得た魚のようにいきいきと。
支払いを済ませる清四郎に店員は、
「とても素敵ですわ。」とお世辞ではない賛辞を投げ掛け、彼は少し満足する。
━━━どんな姿をしていても、似合いの夫婦でありたい。
そう願う清四郎の脳裏に、今や義理の親となった剣菱夫妻が浮かぶ。
世界を股にかけ愛情を確かめる、傍迷惑なおしどり夫婦。
その強固な絆は、周りを嵐に巻き込むけれど、羨ましくもあり………
「あそこまで派手じゃなくても良いですけどね。」
果たして、自分達の10年後はどうなっているだろう?
その頃もまた、ペアルックで歩けるような夫婦であり続けたい。
清四郎は母と小姑の企みに少しだけ感謝しながら、悠理の元へと足を踏み出した。