大学部に無事進学したは良いけれど、悠理は相変わらず勉強が出来ない。
その面倒を買って出たのはボランティア精神以外の何物でもないだろう、と思い至るのだが、それだけではない感情に気付いたのは、暑い夏の終わりだった。
どうやら僕は━━━━悠理に恋しているらしい。
それをまず最初に伝えたのは、魅録。
彼が悠理に対して、‘友情’以上のものを持ち合わせていないかどうかを確かめる為であった。
初めはキョトンとしていた彼も、すぐに不敵な笑みを浮かべ、僕の肩を思いきり叩く。
「へぇ~。あんたもとうとう、か。だがよ。相手はあの悠理だぜ?一筋縄ではいかねぇだろ?ここはお手並み拝見といこうじゃねぇか。」
お手並み………ねぇ。
彼女にお手をさせることは簡単だろうが、残念ながら‘落とす’為のアイデアは思い浮かばない。
美童のやり方は僕のスタイルには合わないし、女性に相談を持ちかけるのはプライド的に難しい。
『正攻法』……の三文字が脳裏に浮かび上がり、果たして彼女への正攻法とは何かを考える。
餌付け
餌付け
餌付け
いやいや、他にもあるだろう。
悠理の気を惹く何かが。
悩んだ挙げ句、僕は彼女をアフリカに誘った。
━━━二人きりでアフリカに行こう。間近でキリンや象を見たくありませんか?
鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、しかし悠理はそれを快諾する。
僕たちの距離は、高校時代と何ら変わっていなかった為、彼女は少しの疑問も、ましてや警戒心すら抱かなかったのだ。
それはそれで、やるせない気持ちになったが、とにかく二人の旅はそうして始まった。
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アフリカの広大な地に降り立った僕ら。
日本では味わえない、非日常的体験を心行くまで楽しむ。
象、キリン、ライオン、バッファロー。
迫力ある存在に目を瞠り、心を震わせる。
もちろん野生動物だけではない。
大自然が与える景色はあまりにも美しく、その中で弾けるように笑う悠理は何よりも輝いていた。
━━━ごみごみとした街中よりも、やはりこういった場所が似合うな。
地平線を覆い尽くす夕陽はもってこいのシチュエーション。
僕は覚悟を決め、告白する。
どこまでも広がる乾燥した大地。
遠くに見えるは、寄り添うキリンのシルエット。
「へ?」
悠理は眩しそうに目を細め、聞き返す。
「おまえのことが………好きです。」
真っ赤な太陽のお陰で、僕の顔色はバレていなかったはず。
心拍数が上がり、沈黙に耐える間、冷や汗が流れる。
こんなにも熱い大地だというのに………。
「おまえがあたいを?嘘だろ?」
信じられないのも無理はない。
僕自身、未だ夢のように感じるのだから。
「本当です。嘘や冗談で、こんな国に誘ったりしませんよ。」
「・・・・・。」
「この旅は僕の覚悟です。おまえと過ごせるのなら例え最果ての地でも構わない。それこそ宇宙であっても……ずっと一緒に居たい。だから………」
━━━━悠理の気持ちを下さい。
ポカンと口を開けた間抜け面。
戸惑う気持ちは良くわかる。
しかし僕はもう、彼女を独占したくて仕方なかった。
他の誰にも譲りたくなかった。
こんな感情が我が身に降りかかるなんて、少し前までは想像もしていなかったのに………。
大地に吹く風が悠理の髪を揺らす。
沈み行く太陽は、決してそのパワーを衰えさせない。
僕は固まったままの彼女に近づくと、なびく髪をそっと撫でた。
どうやらキャパシティを越えたらしく、完全に活動停止している。
「悠理…………大好きです。」
耳元で囁き、軽くキスを落としても、彼女はぴくりとも動かなかった。
果たして僕の告白はそんなにもショックだったのか?
結局、答えを聞けぬまま帰国し、それからはいつもの日常を繰り返していた。
焦りは禁物。
少しよそよそしく感じるのは、彼女なりに意識し、考えてくれている証拠だと信じたい。
そして━━━━━
あれから二ヶ月。
季節は変わり、クリスマスがやって来た。
もう充分すぎるほど待ったように感じる。
だから今日こそは彼女の答えを導き出すつもりだ。
たとえ望み通りでなくとも………受け入れるしかない。
剣菱邸ではパーティと称した、豪華飲み会が催された。
日本各地の特産品が並び、剣菱家御用達の日本酒を味わう。
仲間達は散々飲み食いした挙げ句、次々に撃沈。
絨毯の上で雑魚寝状態だ。
最後まで残ったのは、やはり魅録と悠理。
眠る仲間達を気づかいながら、三人で静かに酒を酌み交わした。
悠理はいつになく、女っぽさ全開のサンタ衣装を身に纏っていた為、気が気ではない。
男の視線に頓着しない彼女へ、苛立ちを感じる。
いくら下にショートパンツを履いて居ても、剥き出しの素足では、あまりにも危なっかしいではないか。
こんな気遣い、昔ならしなかった。
彼女への独占欲がこういった思考に駆り立てる。
魅録は気にもしていない様子だったが、僕はジャケットを脱ぎ、床に座る彼女の膝に覆いかけた。
すると意外にもその意図が伝わったのか、悠理は照れたように視線を背ける。
なるほど、どうやら羞恥心は芽生えてきているらしい。
そんな些細な成長ぶりに心が踊る。
その理由が僕にあるのだとしたら、なおのこと。
僕たちの何とも言えぬ空気を読んだのか、魅録が気を利かせ、シャワーを浴びると部屋から出ていった。
「悠理……少し風に当たりませんか?」
「………あ、うん。」
二人してベランダに出れば、キンと冷えた空気に酔いが薄れる。
空にはぽっかりと白い月。
庭の派手派手しいイルミネーションとは対照的に静かな佇まいだ。
「さすがに寒いな。」
しかし、しこたま飲んでいた酒が感覚を鈍くするのか、僕たちは暫く月を眺めていた。
「悠理………」
「ん?」
「返事が聞きたい。僕をどう思ってる?」
月に視線を奪われたまま、流れる沈黙。
悪態を吐かれないだけ、まだましなのだろう。
動悸すら、耳元で聞こえるほどの静寂が二人を包む。
ダメか━━━
そう確信し、目を瞑ろうとした矢先、悠理は不意に僕の胸元を掴み、顔を寄せてきた。
チュ
青白い光の中、夕日よりも赤い顔が間近に見える。
「こ、これが答えだよ!」
そう言い捨てて、パタパタと部屋へ戻ってしまう彼女の後ろ姿を、僕は間の抜けた顔で見送る羽目となった。
顔が熱い。
アフリカの地で感じた時よりもずっと。
心臓が打つ音は、サバンナを駆け抜ける動物達の足音に似ていた。
天から祝福の鐘が降り注ぐ。
僕は煌めくイルミネーションに目を落とすと、幸せを噛み締めながら、その場に座り込んだ。
悠理視点は次ページへ。