grateful

 

 

━━━━クリスマスには間に合うように帰ってこいよ!

出張先のミュンヘンに電話したのは夕べのこと。
もちろん、土産もきっちり催促して。
もしかすると間に合わないかも。
そう諦めかけていた24日の深夜。
清四郎は剣菱のジェット機で成田に降り立った。
手には大量のシュトーレンとレープクーヘン。
ドイツのクリスマスと言えば定番のお菓子だ。

「おかえり。んでもってメリークリスマス!」

「ただいま。ふぅ、なんとか間に合いましたな。」

清四郎がシャワーを浴びている間、アイシングされたレープクーヘンを一つかじる。
蜂蜜とシナモンが口の中でふんわり香る中、無性にミルクティが飲みたくなり、メイドに用意させた。

何気ないクッキー。
日本にはもっと美味しいものもあるだろう。
しかし仕事を終わらせ、急いで帰国してくれたその愛情こそが、この素朴なお菓子をより美味く感じさせていた。

シャワーを終えた清四郎は直ぐ様ベッドに倒れ込む。
手を広げれば、にじり寄るように近付いて来て、すっかり胸の中に落ち着いた。
緊張から解き放たれた顔で。

「お疲れさま。これで暫くは日本に居れるだろ?」

「ええ、そうですね。」

腕を回し、大きな背中を包み込む。
汗か、はたまたシャワーの名残りか。
しっとりと濡れた肌。
すると、清四郎は嬉しそうに頭を何度か擦りつけ、そのまま寝息を立て始めてしまった。

今回の出張はハードだった。
………と、兄貴からは聞いている。
なかなか首を縦に振らない相手企業との交渉。
伝統と格式を重んじるばかり、革新的な事業に手を出すことを躊躇う会社だったそうだ。
そこを巧みな話術で清四郎が口説き落とす。
まさしく、彼のお得意技。
剣菱での地位を着実に踏み固めている彼の働きぶりは、実業家の多くが認めるところだ。

いずれは剣菱の顔となる男。
その上、会長の愛娘まで手に入れたとなれば、彼の周りに嫉妬の嵐が吹き荒れていることは明確だった。

「社会人って………辛いよなぁ。」

清四郎の落ちた前髪を優しく掬う。
悠理にとって妬み嫉みの世界は、もはや当たり前の日常。
メイドだった母に対する中傷も、子供の頃から、わんさか聞かされてきた。
今は恐ろしく強い彼女も、大昔にはきっと、柱の陰で泣いていたに違いない。
彼らの容赦ない攻撃は、いつも致死量近くの毒が含まれているのだから。

それがこの世界の住人。
気を許せば、卑劣な手段で足元を掬われてしまう。
清四郎はそんな、魑魅魍魎渦巻く舞台に飛び込んだのだ。
長き人生を、愛する悠理と過ごすために。

ふ、と静かに眠っていた清四郎の目が開いた。

「悠理、済まない……明日は………一緒に………」

それだけを呟いて、再び眠りへと引き込まれていく。

「うん………一緒にいような。ずっと、ずーーっと。」

言葉にならない愛しさがこみ上げる。
胸の中はお菓子よりも甘いもので満たされていた。

今宵はクリスマスイブ。
愛する人と過ごせる時間を叶えてくれた、たった一人の神様に感謝する夜。