I Saw Mommy Kissing Santa Claus

※悠歌シリーズ。クリスマス番外編。(悠世視点で)


その日の夜。
とても寒かったこと・・・覚えてる。
外は雪で真っ白。
だけど家の中は暖かいから、窓ガラスが結露して、しっとりと曇っていた。

その頃の僕は、まだサンタクロースを信じる、いたいけな子供で。
今年のクリスマスプレゼントは何だろう?なんて期待に胸膨らませながら夜遅くまで待ち続けていた。
前の年は待ちきれず眠っちゃったから、昼寝をしてまで『今年こそサンタさんに御礼を言うんだ』って張り切ってたんだ。

天井まで届くクリスマスツリー。
キラキラと光振り撒く、家族だけのリビングルーム。
大きくて食べきれなかったケーキはそのままに。
お姉ちゃんが友達のパーティへ行っちゃったから、余って当然だ。

「………パパ、遅いね。」

この僕が最大のライバルと認める、たった一人の男は、その年の年末、特に忙しかったようで、所謂『午前様』になることも多かった。
だけど、いつもなら時計と睨めっこしているはずの‘悠理’が、余裕たっぷりの顔で大きなソファに寛いでいたから、どことなく不思議に感じていた。

━━━━パパが遅いと不機嫌になるはずなのに……。

幼心にも違和感。
それでも、イブの夜に悠理を独り占め出来ることは幸せだった。

温かいブランケットと甘いレモネード。
積み重ねられた色とりどりのマカロン達。
優しく微笑む悠理と、ハッピークリスマス。

「そうだな。今日は特に忙しいかもぁ~。」

気の無い素振りで、悠理は雑誌に目を落とす。

「寂しくないの?」

「ん?悠世は寂しいのか?」

チラッと横目で見てくるその顔に、悪戯めいたものを感じて、僕は慌てて首を振った。

「さ、寂しくなんかない!僕、悠理と二人が良いもん!」

むきになって答えれば、「こら!ママと呼べ!」と小突かれる、いつものパターン。

寂しいわけないだろ。
悠理と一緒なんだから。
ずっとこのままでいい。
んでもってサンタさんが来たら、三人で盛り上がるんだ。
ケーキだって、あいつに残すつもりなんかないもんね。
全部僕が食べてやる!

喉を詰まらせながらかきこんだその味は、今でも記憶の片隅にあって、
結果、ケーキがまったくの苦手になってしまったことは大いなる誤算だった。
幼い子供の馬鹿な意地。

案の定、充たされたお腹を抱え、サンタクロースが現れる前にソファで寝入ってしまった僕。
悠理が優しく毛布をかけてくれたところまでは、記憶にある。
温かくて、くすぐったいような記憶。



どのくらい時間が経ったのだろう。
小さな話し声が耳を掠めて、自然と瞼が開いた。
クリスマスツリーが瞬いている。
とても幻想的に。

よくよく見れば、暖炉の前で赤と白の衣装を着た背の高い男が、カラフルな箱を大きな布の袋から取り出すところだった。
曖昧な記憶だけど、10個くらいはあったように思う。
そんな彼の後ろ姿に、

━━━わぁ!サンタクロースだぁ。やっと会えた!

と胸をときめかせたが、そこはやはり眠気に勝てない六才児。
温かな毛布から這い出すだけの気力がない。
ぼやけるシルエットを一生懸命目を凝らし、捉えようとした。

思っていたよりも細身のサンタクロースは、ツリーの下にそれらを並べると、静かに袋を畳む。
そして、ニコニコしながら近付いてきた悠理を、彼はしっかりと抱き締めたんだ。

「クスクス」

楽しそうに笑う二人。
悠理はサンタクロースの腕に包まれたまま。

━━━なんで?どうしてサンタが悠理に触るんだ?

眠気と驚きの天秤がぐらりぐらりと揺れる。
すると次の瞬間、僕の大好きなママはとうとうサンタにキスしてしまった。

ガーーン

あのときのショックは大きかったな。
悠理のキスは僕とパパだけのものだって信じてたから、いくら相手がサンタクロースでも納得できなかった。

それだけに留まらず、悠理は軽く抱きかかえられ、部屋を出ていく。

━━━ママ!どこいくの!?僕、そんな奴のプレゼントなんか要らないよ!

眠気と戦った結果、ようやく泣きながら身を起こした僕は、かけられていた毛布を払い除け、彼らの後をふらふらした足取りで追った。

長い廊下。
既に夜も遅く、雪のせいでいつもより静かに感じた。
夜勤のメイドは掲げられた蝋燭の灯りを一つずつ消して歩く。
僕はキョロキョロ、辺りを見回したが二人は居ない。

━━━━━ママが連れ去られた!!

そんな結論に達し、胸の中でパパを呼ぶ。

━━━パパ、パパ、早く帰ってきて!!

よほど号泣していたのだろう。
気付いたメイドが、慌てて駆け寄ってくる。

「ぼっちゃま!どうされたんです?」

「ママ━━━!!」

きっとあんなにも泣いたのは、あの時が初めてだったと思う。
まるで生まれたての赤ちゃんみたいに、必死で………。
当時、年齢よりも大人びていた僕が火のついたように泣く姿は、メイドを酷く驚かせてしまったようだ。
不安な表情で抱き締められる。

そこへ━━━━━

「どうしたんです?えらく賑やかですね。」

いつものバスローブ姿で背後から現れたパパ。

「旦那様!」

「悠世?おや泣いてるんですか?」

メイドの腕の中で感じた違和感。
それは……頭に乗せられた赤と白の帽子。
六才児でも一瞬で解る、そのカラクリ。

夢は儚く消え去り、代わりにこみ上げて来た言い知れぬ怒りの感情。

その後、ひょっこり部屋から顔を覗かせたママは、頭を掻きながら「あちゃあ、起きちゃったのか。」とめんどくさそうに呟いた。



僕はその年のクリスマス、ひとつ大人になった。
この世にサンタクロースなんか居ない。
世の中のサンタは皆、父親が変装してるだけ。

クリスマスなんて、

クリスマスなんて、

大っ嫌いだ!!!
でも…………

あれから10年。
高校生になった僕は思い出す。

柄でもない変装をしてまで、息子を喜ばせようとしたパパ。
きっと離れていた距離を縮める為、彼なりの努力をしたに違いない。
全ての箱には、僕の本当に欲しかった物がこれでもかと詰まっていた。
あの人なりのサプライズ。

今日は久々に、家族全員が揃う。
留学先から帰国した悠歌とその婚約者を迎え、うちの家らしくド派手なパーティを催すのだ。
普段、ハワイで隠居生活を送るおじいちゃんとおばあちゃんもやって来る。

僕は、というと………
クリスマスは相変わらず苦手で、パパは相変わらずライバルだけど。
最近、長引いていた反抗期もようやく終わり、少しだけ楽になった。

二人は十年前と変わらず、ずっと仲良しで、人目を憚ることなくイチャイチャしている。
きっと年頃の息子なんて目に入ってないんだろうな。

「悠世、どうしたの?ぼうっとして。」

爵位を持つイギリス人に嫁ぐ悠歌は幸せそうだ。

「いや………これが『理想的な幸せ』なんだろうなって。」

「あら、坊やも大人になったわね。」

「なんだよ、‘坊や’って!」

クスクス笑う悠歌の言い分もわかる。
僕の反抗期は確かに長かったから。

「そろそろ恋人くらい作りなさいよ。」

「こう見えてモテるんだけど?」

「ママ以上の女の子が居ないって、断りまくってるくせに?」

「うげっ!誰情報だよ。」

「パパ、よ。」

くそ。
相変わらず観察眼鋭いな!

「ふん。あと三年もすればダース単位で紹介してやるよ!」

「はぁ~。ママ離れするのに、まだ三年もかかるのね。面倒くさい子!」

「ゆ、悠歌だって、ファザコンだったくせに。」

「そうよ。でもそこまで拗らせなかったわ。」

嘘ばっか。
自分こそ、パパに似たイギリス紳士にどっぷりハマったじゃないか。
初恋で結婚………なんてとこまで見習ってさ。

「もういいから、あっちいけよ。」

「はいはい。」

今日はクリスマス。
サンタにプレゼントを願う年でもないけれど、それでもたった一つ叶えてくれるというのなら………

『どうかこの幸せが、永遠に続きますように。』

って、柄にもなくお願いしちゃうんだろうな。

あーあ。
僕も丸くなったもんだ。