Friendship(クリスマス作品)

※悠歌シリーズ。10歳時の彼女とその家族。


 

「みんな、冬休みはどこ行くの?私はパリのおばあちゃん家。」

「わ!いいなぁ。あたしなんか香港だよー。ママの買い物に付き合わされるだけ。」

「そういえば、悠歌ちゃんは?」

「え…………と、ブラジル?」

「「え??ブラジル?」」

「そう。それがちょっと悩みの種なの。」

「「???」」

 

 

学園に通う子供達は、それぞれが裕福な家庭環境に産まれ育っているとはいえ、その家柄は千差万別。
親の代から通う由緒正しいお坊っちゃま、お嬢ちゃまも居れば、宝の山を掘り当てたような、所謂『成金』の親を持つ子達も居る。

特殊な環境。
他人と異なる常識を持つ家族に囲まれながらもスクスクと育った悠歌。
しっかり者でおませな彼女は、今年、待望の弟が出来たばかり。
幸せいっぱい、胸いっぱい。
自宅へと戻るその表情は、日々、明るかった。

悠世はまだおむつを外せないほどの乳飲み子だが、そのしっかりとした面立ちから、将来を有望視されている。
特に百合子の祖母馬鹿ぶりは相当なもので……一体誰の子か分からぬほど執着し、肌身離さず可愛がっていた。

「ただいま。」

悠理が悠世をあやしつけている時、帰宅した悠歌が、そっと子供部屋の扉を開ける。
この時間は授乳後のお昼寝タイム。
天使の寝顔が堪能出来る、お楽しみの時間だ。

足音を立てず踏み入ると、祖母と並ぶ母は『来い来い』と手招きする。

「ママ、おばあちゃま、ただいま帰りました。」

「おかえり、悠歌。」

「今日のおやつはザッハトルテだぞ。」

ベビーベッドを囲むように並ぶソファ。
サーモンピンクのクロスがかけられた円形のテーブルには、悠理が最近ハマっているという、フランス人パティシエが作ったホールケーキが鎮座している。
それは確かに美味しくて、悠歌にとっても大好物なのだが、こう頻繁に登場すると流石に飽きてくるのも当然で━━━

『今日はベリー系のチーズケーキが良かったな。』

顔には出さず、胸の中だけで溜め息を吐いた。

フランス直輸入の三人掛けソファは、悠世が産まれた後、百合子が特注で作らせたもの。
ロココ調に仕上がったアイボリーのそれは、まるでマリーアントワネットが愛用していた物のように精巧で、美しいラインを披露していた。

それだけではない。
可愛い悠世の為にすべての調度品は新調され、世界最高の家具師が作ったベビーベッドは、世界にひとつしかない贅沢な出来映えだ。
何一つとして手を抜かれた部位はなく、そんな豪奢な部屋の中で、二人は優雅に腰かけている。

悠歌がベビーベッドを覗き込むと、寝息を立て始めた弟はその無垢な姿を惜しげもなく見せてくれる。
全身が悶えるほど愛らしかった。

「~~っ!!あーん、可愛いっ!」

「あら、貴女の時もそれはもう天使のようだったわよ。」

ニコニコする祖母は、隣に座った孫の美しい髪を撫で、満足そうに微笑む。
移動する機関銃のようだった百合子は、今やすっかり優しいおばあちゃん。
大蛇を飲み込むほどの鋭い視線は、ここ最近見当たらない。

「悠歌は夜泣きがひどかったよな。その度、清四郎があやしてた。」

「そんな昔っからパパに育児させてたの?」

「だって、あいつの方が上手いんだもん。」

悪びれず笑う悠理はとおに30を過ぎているが、そのイキイキとした表情は、まるで10代のようにも見える。
参観日で見かける、同級生の母親たちに比べると一目瞭然。
苦労らしい苦労をしたことのない母は、とにかく若かった。

「やっぱり、悠世を置いてブラジル行くの、止めようよ。」

「へ?何で?おまえも楽しみにしてただろ?」

「だって………可哀想だよ。初めてのクリスマスなのに。」

慈愛に満ちた娘の言葉はもっともだが、悠理とて妊娠していたこの一年間、比較的大人しく色んな事を我慢して来たのだ。

━━━アマゾンでネイチャー体験をとことん楽しみたい。

そんな妻の願いを、清四郎は二つ返事で聞き届けた。

「悠歌は優しい子ねぇ。でも今回はおばあちゃまに悠世を独り占めさせてくれないかしら?」

にっこり、悠然と微笑む祖母には決して勝てない。
無論、娘の気持ちを慮ってのこと。
悠歌はコクンと頷き、弟を見遣った。

━━━ごめんね。悠世。来年は皆揃って祝ってあげるから。




富裕層達が集まる海辺のリゾート地。
美しい砂浜とゴージャスなホテル。
至れり尽くせりのもてなしに飽きるのは早く、クリスマスを終えた次の日、悠理はそそくさとアマゾンへ向かった。
もちろん、清四郎がそんな妻を一人にするわけがない。
慌ただしくガイドを雇い、自らもアマゾンルックで悠理に付き添う。

そんな両親を見送った10歳の娘は、ホテルの支配人に付き添われながら、静かで快適なリゾートライフを楽しんでいた。
いくら運動神経に優れた子供とはいえ、両親についていけるほどの体力は持ち合わせていない。
野生児の名を欲しいままにしてきた母と、比類無き人間国宝の一番弟子である父。

母を御せるのも、追随出来るのも父しかいないのは明らかで、悠歌はアマゾン行きを早々に諦めていた。

「お嬢様。今、アフタヌーンティをお持ちしますね。」

「ありがとうございます。」

日系ブラジル人である支配人は、スマートな身のこなしで悠歌をソファへと促した。
熱帯に咲く色とりどりの花たちが飾られた、大理石広がるロビーのカフェは基本静かで、それでも何人かの子供たちが笑い声をあげ、両親にまとわりついている。

その中で一人、褐色の肌をした同い年くらいの男の子が、大人しく椅子に座ったまま悠歌を見つめている様子が目に入った。

━━━何で見てくるのかな。

居心地の悪さを感じつつも、そこから動けず、花の香りを嗅ぐ振りをして、視線をずらす。
その少年は真っ白なシャツに細身のハーフパンツ、黒いサンダルといったリゾート地ならではの出で立ちだった。

ちらっ

再び視線を投げれば、彼はやはりこちらを見ていて、エメラルドグリーンの瞳が好奇心にキラキラと輝いている。

━━━生粋の日本人が珍しい?

悠歌はツンと顎を上げ、自身を大きく見せるよう、胸を反らした。
黄色人種はバカにされやすい傾向にある、とどこかで聞いた覚えがある。
もちろん剣菱のプリンセスと分かって、そんな態度を取る者は一人もいないが。

「おまたせしました。」

フルーツやケーキ、サンドウィッチが乗せられた三段トレーとアイスティ。
それらを支配人自ら、テーブルに展開する。

「わぁ!美味しそう。」

「この国は色んな果物がありますから、是非御堪能ください。女性の美肌にも効果的なんですよ。」

そう言って軽くウインクをする支配人に、悠歌は微笑み返した。
きちんとレディ扱いしてくれた事に喜びを感じたからだ。

いくら大人っぽく見えても、日本ではあくまで子供。
気を利かせているつもりなのか、子供用のメニューを出してくる店もあって、それが悠歌にとっていつも悔しかった。

「あたい、お子さまランチも好きだけどなぁ。」

なんて呑気な母とは違う。
悠歌は自分が『淑女』であることを自負していたし、もちろん努力を怠ったこともなかった。

将来、剣菱のプリンセスとして恥じない女性になりたい。

たかだか10歳の少女だが、その意識はとても高く、意図せずして、清四郎の理想へと近付いている。
特に悠世が産まれてからは顕著で、姉である自覚がぐんぐん成長しつつあった。

「コンニチハ」

鮮やかなフルーツに目を奪われていると、いつの間にやって来たのか、褐色の少年が側に立っていた。

片言の挨拶と自然な微笑み。
その上品な笑顔に、悠歌は無意識で頬を染めた。

「こんにちは。」

「ハジメマシテ、ボク、ヘイダル。ヨロシクネ。」

「ヘイダル?私は悠歌。」

「ユカ?」

「ユーカ。」

「ユーカ………」

どうやら完全な意思疏通は難しそうだが、彼は何故かそれからも片言の日本語で話しかけてくる。

「英語しゃべれる?」

「エイゴ……………English?」

「Right.」

そこからの会話は様々な情報をもたらした。

彼の父親は石油王の息子で、母は幼くして亡くなったとのこと。
年は11歳、現在はメキシコで暮らしている。
大の日本贔屓である父と共に、日本を何度も訪れ、半年近く滞在したこともあるそうだ。
そして無論、剣菱万作の顔も知っている。
ヘイダルの祖父は万作の友でもあった。

「ユーカは綺麗な黒髪をしているね。」

「そう?ありがとう。」

「死んだママも同じような髪色をしていたんだ。」

そう言って彼は、少しだけ悲しそうな顔をした。

「ボクはパパ似だから、髪は茶色くて肌もこんなだけど、ユーカみたいな白い肌は羨ましい。」

「白い?でも私は白人じゃないよ?」

「ううん。ユーカは美しい肌をしてるよ。ママの写真そっくりだ。」

どうやら彼の母親は日系人らしく、その容姿は日本人そのものだったようで、ヘイダルはうっとりと見つめてくる。

「ボクと友だちになってくれる?」

「友だち?」

「うん。せめてここにいる間だけでも。」

「そんなの友だちじゃないよ。友だちならずっーーと友だちがいい。」

「ユーカ。ボクも………それがいいな。」

笑顔が溢れる。
そう言って固く握手した二人を、支配人は少し離れた場所から見つめていた。

「子供はいいですね。すぐに友だちになれる。」




それから二日間。
悠理たちがホテルに戻ってくるまで、悠歌はヘイダルと共に過ごした。
いつしかホテル内はニューイヤーを迎えるムードになっていたが、二人は部屋の中でたくさんの話をし、時々映画を観たり、プールで泳いだり、と子供らしい休暇を満喫していた。

彼の父親はどうやら忙しいらしく、ホテルで見かけたのはたった一度だけ。
ビジネスとバカンスの境界線は見当たらない様子だ。

「ヘイダルは寂しくないの?」

「寂しい?」

「いつもこんな風に一人なんでしょ?」

「そんなことないよ。家に帰ればマーサも居るし………あ、お手伝いさんのことなんだけど。」

「でも……私ならきっと寂しい。もし、ママとパパが側に居なかったら、ぐれてたかもしれない。」

「『ぐれる』?」

「悪い子になってたかも……ってこと。」

「あぁ」と、少年は納得したように微笑む。

「ユーカのパパ達は仲良しなんだね。」

「うん!ちょっとびっくりするくらい。」

「すごく良いことだよ。」

いつの間にか二人は手を繋ぎ、沈みゆく夕日を窓辺から眺めていた。

「ボク、ユーカに会うために日本に行ってもいい?」

「当たり前でしょ?友だちだもん!うちに泊まればいいよ。」

「わぁ~、それ楽しみだな。」

純粋な絆を繋げた二人。
その夜、彼らは同じベッドで眠りについた。
しっかりと手を繋いだまま、優しい夢を見て。

しかし━━━━次の日。

「……………悠歌。おい、起きろよ。」

「ん………ママ?」

瞼を擦りながら起き上がると、大きな窓から差し込む眩しい朝日に目を細める。
悠歌は基本目覚ましが無くとも起きられるはずなのだが………今朝はどうやら寝坊をしてしまったようで。
隣にはヘイダルがシーツの上で正座し、何故か肩を竦めていた。

「おまえ、ヤバイって。」

たった数日で、こんがり日焼けした母親の表情は暗い。

「え?」

「清四郎の顔見ろよ。」

「あっ!」

仁王立ち………という言葉がぴったりの父親は、射抜くような視線で少年を見下ろしている。
そして次に、起きたばかりの悠歌を促すと、彼同様、ベッドの上で正座をさせた。

「………パパ、お、おかえりなさい。」

「…………どういうことです?」

「え、なにが?」

「いや、この際彼が何者でもいい。問題は僕の娘の部屋で何故一緒に眠っていたか、だ。」

「清四郎……二人ともまだ子供なんだし……」

そんな悠理のフォローも効果はなく、ギロッと一瞥されただけ。
清四郎は再び子供たちを交互に睨み、答えを求めた。

「彼はヘイダル。パパたちがいない間、お友だちになったの。」

「ほう。年は?」

「11デス。」

「11………ね。年齢より少し上に見えるな。」

それは決して誉め言葉ではない。
あくまでも皮肉だ。

「君は自分の部屋があるんでしょう?」

「…………ハイ。」

「なら何故そこで眠らないんです?」

「………ゴメンナサイ。」

清四郎とて二人の関係を疑っているわけでは決してない。
ただ急いで帰ってきた部屋で、男と手を繋いだまま眠る娘の姿に、猛烈な焦燥感を抱いたからだ。
それはそう遠くない将来の、認めたくない光景。

あと10年もすれば、悠歌とて立派な女性になるだろう。
自分達はもっと早くに体を繋げ、愛し合い、娘を授かったのだ。
清四郎にはまだ、その現実を想像する覚悟がなかった。

「ヘイダルを苛めないで!私たち、すっごく仲の良いお友だちになったんだから!」

「へぇ。たった二日ですごいな。」

嬉々とする悠理に対し、父親の厳しい面を外せない清四郎。

そこへ彼を愛する妻は、静かに寄り添うと、小さな声で呟いた。

「ほらほら………拗ねない。あたいたちが楽しんでる間、悠歌は寂しい思いをしなかったんだ。この男の子には感謝しなくちゃ。」

「………わかってますよ。」

苦虫を噛み潰しながらも、清四郎は二人を赦し、ブランチへと誘う。
怯えるヘイダルと並び廊下を歩く父親の背中は未だ強張っていたけれど。

「ねぇ、ママ。夕方に帰ってくる予定だったでしょ?」

「だって清四郎がおまえのこと気にしまくってさ。寂しがって泣いてるんじゃないかって。」

「もう!いつまでも小さい子扱いなんだから!寂しくなんかないよーだ!」

「目にすっぽり入れても痛くないくらい大事にしてたからなぁ。嫁に行くときゃ、覚悟しろ?」

「ふん。どれだけ反対されても、お嫁にいくもんね!」

「大丈夫。任せとけ。その為にあたいがいるんだから。」

母親のあからさまなノロケは久々で、二人がどれほど濃密な時間を過ごしていたかが、まざまざと見てとれた。

「ありがと、ママ。」

母娘の会話など聞こえていない清四郎は、隣にいる少年を上から下まで値踏みする。

━━━━悠歌に男なんて、まだまだ早いんですよ。

こんな父親を持つ娘が、果たして幸せなのかどうか。

正しい答えは見当たらないけれど、幸せな家族の姿であることに違いないのだ。