第三話

結局、タッチの差で二位と告げられた悠理達のチーム。
与えられた賞品は、学園のOBでもある有名ピアニストからの招待チケットだった。

「どうせなら四人揃って行こうか。」

そう打診したのは清四郎。
悠理を除く男子二人は即座に頷いたものの、彼女はあからさまに嫌な顔を作る。

「あたい、クラシックなんか聴かねぇもん。ロックならともかく。」

「たまには違うジャンルの音楽に触れるのも悪くないと思うけど?」

「寝ちゃうし。」

「それはそれ。皆でいこう?」

渋る悠理に、強引さを滲ませ迫る。

「あら、それではわたくしがそのチケットを頂こうかしら。」

そこへ現れたのは、捻った足を庇うように歩いてきた野梨子だ。

「どうせ子守唄にしかならないんでしょう?勿体無いですわ。」

せせら笑うかのように嫌みをぶつけた。

「野梨子。」

清四郎が静かに嗜めるも、素知らぬ顔でツンと顎を反らす。

━━━━彼女は不愉快なのだ。

大切な幼馴染みが、乱暴者の剣菱悠理を気にかけることが、堪らなくイヤなのだ。
清四郎もそれは解っている。
野梨子にとって自分がどういった立ち位置にいるのかを嫌と言うほど。

しかし清四郎は間違いなく悠理に惹かれていた。
それは俗にいう‘恋心’だったのかもしれないが、彼にそんな自覚はまだ訪れていない。

悠理の飾り気ない表情に目が奪われ、破天荒な言動に心揺さぶられる。
何につけても規格外。
まさしく学園の嵐。
そして清四郎はそんな嵐に胸をわくわくさせる少年だった。

「行くわい!」

対抗意識を燃やす悠理は清四郎の手からチケットを奪い取る。
野梨子の思惑に嵌まってなどやるものか!

彼女もまた、何故こんなにも胸がざわつくのか、理解できていなかった。
清四郎との距離が縮まったような気はしたけれど、それは錯覚だったのかもしれない。
更に今は、敵対心剥き出しの野梨子が腹立たしい。

━━━金魚の糞のくせに!

彼は自分のものだと言わんばかりの視線や言動。
悠理は意味もわからずむしゃくしゃした。
だからコンサートに行く決意を固めたのだ。
幼稚な意地だと自覚してはいても…………。

待ち合わせ当日。
悠理は五分遅れで駅の切符売り場に到着した。

「あれ?あいつらは?」

そこに佇んでいたのは清四郎一人。
制服とは違う、しかし優等生然とした服装で腕時計を見ている。

「一人は急用で無理になったって。もう一人は現地集合したいと連絡があったんだ。」

「へぇ、そっか。」

━━━となると二人きりで電車に乗ることになるのか。

悠理は気恥ずかしさを押し殺し、切符を買おうと財布を取り出した。
しかし………

「切符はここにあるよ。次の急行に乗らなきゃ間に合わない。ほら、急いで。」

不意に手を繋がれ、改札口へと走らされる。
悠理はその強引な腕を不思議と心地良く感じ、そんな自分に赤面した。

無事、急行に乗り込んだ二人は、比較的空いた中、車両の端にあるボックス席に隣り合って座る。
幅に余裕があるとはいえ、少年は成長期真っ只中。
悠理の細い太ももに、清四郎のそれが僅かばかし触れる。

━━━こいつ、脚なげぇ。

さほど変わらぬ身長なのに、膝の位置が明らかに違う。
自分だってけして短くはない。
けれど拳一つ分の差を見せつけられ、
そんな些細な違いにすら、彼女の心は跳ねた。

「お茶買ってきたら良かったな。」

何か違うことを考えようとぼやいてみる。

「飲みかけのものならあるけど?」

清四郎は薄手のジャケットに忍ばせていた小さなペットボトルを取り出した。

「くれ!」

乾いた喉を勢い良く流れるお茶。
その様子を清四郎はジッと見つめ、そしてふっと表情を和らげた。

「良い飲みっぷりだね。」

「あ、やべ。飲み過ぎたな。」

「いい。最後の一口だけくれれば。」

「そ?」

悪びれず飲み続け、本当に一口分だけを残し、清四郎の手に返す。
それを彼は最後の一滴まで飲み干すと、何故か嬉しそうな表情で笑ってみせた。

「な、なんだよ?」

「気づいてなかったか。これ間接キスだよね。」

「はぁ??」

そんな発想を持ち合わせていない悠理は、ただただ度肝を抜かれたかのように目を剥く。

「剣菱さんと間接キスかぁ。ちっともロマンチックじゃないけど、僕が初めてだと思ったら、不思議と楽しいな。」

「は、は、初めてって!なんでんなこと…………」

「え?他の誰かと間接キスしたの?」

途端に曇った顔で詰め寄る彼を、悠理はぐいぐいと押し戻す。

「し、してない!」

「良かった。」

━━━━何が良かった??

追及出来ない疑問が、悠理の胸に次々と湧いてくる。

━━━━なんで、あたいを無理矢理誘った?
なんで、隣り合わせに座ってる?
なんで、間接キス?
なんで、そんなに楽しそうなんだよ!

誰も答えを与えてはくれない。
もしかするとそんな答えは今必要じゃないのかもしれない。

「コンサート……じゃなくてもいいな。こんなにも良い天気なら……。」

窓の外は確かに雲一つない晴天が広がっている。
悠理の心が浮き立つ、眩しい太陽も。

「あたい、遊園地がいい。」

「…………ん~、小遣い足りるかな。」

「万札三枚ありゃ、なんとかなるだろ?」

「さすが!お金持ち。」

「おまえだって………医者の息子じゃん。」

「いやいや。剣菱財閥のお嬢様には敵いません。」

おどける清四郎。
嫌みでも卑屈でもないその言葉に、悠理は嬉しくなった。

「じゃ、ディズニーランド!いこ?」

「オーケー!」

急行は次の駅で乗り換えることになるだろう。
目的地を変更した二人は、コンサート会場に残された少年を忘れ、夢の国へと向かう。
いや、清四郎だけは覚えていただろう。
しかし悠理の心からの笑顔を見たいと願う彼は、その些細な問題をわざと見過ごした。

列車は走る。
二人の目に流れる景色が、さっきよりもより一層輝いて見えた。