恋を叶えるために

※野梨子独白:ショート

 

そう簡単に、恋に落ちるつもりはありませんでした。
男女交際など夢のまた夢だと思っておりましたし。

でもその時、いつか清四郎から聞いた言葉がよみがえり、ようやく分かった気がしますの。
恋は友情を飛び越えて落ちるものだと。
容赦なく襲ってくる感情なのだと。

あれは一年前。
大学構内での出来事でした。
彼と初めて視線が絡み合い、『ああ、これが恋なのだ』と判りました。
胸が熱くなって、自分では止めようのないトキメキに心躍りました。
それはいつかの淡い初恋よりもずっと大きな衝撃で、私ははっきり恋に落ちたのだと理解したのです。

しかし彼には恋人が居て、噂では四年の付き合いだと聞きました。
仲睦まじく、恐らくは結婚も視野に入れていると────

悲しい事ですが、私は恋をしたと同時に失恋してしまったのです。
さすがに他人のモノを奪う勇気などございません。
所詮は手の届かない殿方だったのです。

どうしようもなく空虚に満ちた胸の内を、私は清四郎に打ち明けました。
彼もまた、片想いに苦しんでいる最中だったので、気持ちを理解してくれるだろうと思い至ったからです。

“諦める事が出来ないのなら、とことん苦しむのも良いだろうよ”

彼にしては珍しく投げやりな、それでいてどこか前向きな言葉でした。
恐らくは清四郎も苦しんでいたのです。
あの頃の悠理は………清四郎の気持ちから逃げてばかりで、ちゃんと向き合うことをしなかったから。

“これが本当の失恋ですのね………せめて、想いを伝えたかった”

そう言うと、

“初めから望まず、ただ気持ちを伝えるだけなら………僕は何も言わない”

と哀しげに微笑みます。

彼も恋をしてから随分と変わりました。
昔は保護者のように煩かったのに………

“いつか………この想いが消えていくのなら、それまで大人しく待ちますわ”

“それも────悪くない”

言いながらも清四郎自身、そんな事は無意味だと思っていたはずです。
本当に欲しいのなら無様に足掻き、がむしゃらに伝えるのが最善。
運命を変えるにはそこまでの努力が必要なんですもの。

私は………そんな勇気が持てなかった。
絆を断ち切らせてまで、彼に振り向いて欲しいとは思えなかった。
何度か………ほんの数回、彼と言葉を交わし、その時の思い出に浸るだけ。
優しげな瞳に映った自分を思いだし、苦い失恋を少し和らげるだけ。

“清四郎………貴方には是が非でも想いを遂げて欲しいですわ。諦めるなんて………らしくありませんでしょ?”

その言葉が背中を押したかどうかは解らない。
けれど清四郎は見事、悠理との恋を成就させた。
悠理だって本心では嬉しかったのだろう。
性格上、素直になれなかっただけで。



「野梨子、そろそろ行くわよ。」

「………ええ。」

今日、大切な友人達の二度目の婚約会見が開かれる。
大学を卒業と同時に式を挙げ、その後アメリカでの生活が決まっている二人。
可憐と私は家業を継ぐため、日本から離れられないが、美童と魅録はついて行くらしい。
剣菱の名の下で、彼ら四人は新たなビジネスを始めるようだ。

それも楽しそうで羨ましいけれど………
私は次に訪れる恋を必ず叶えたい。
次こそは………全力でぶつかりたい。

「ねぇ、あの子たちの結婚式には世界中からたっくさんのVIPが来るでしょう?これはチャンスじゃないかしら?あんたも振袖着てたらモテモテなんだから、精々頑張んなさいよ。」

相変わらず前向きな友人のパワーをほんの少しだけ借りて、私はこの失恋をすっかり忘れようと思う。

幼なじみ達の幸せな顔を眺めていたら、きっとそれも叶うだろう。
そしていつか、晴れやかな笑顔で彼らのように並び立つのだ。