「ありがとう、パパ。」
七歳になったばかりの愛娘が、頬にキスをしてまで喜ぶ瞬間。
父親というものは一生娘を手放したくない生き物なのだと、つくづく理解できる。
「大切に遣うんですよ?」
「うん!」
花車が描かれた友禅の振り袖も、わりと様になってきたじゃないか。
唇にほんのり紅を差したのは悠理か?
小さなぽち袋を見せびらかすようにはしゃぐ娘は、次に多忙な祖父母の元へと駆けていった。
狙いは当然お年玉。
正しい金銭感覚を身につける為、必要以上の金額は与えないようにと頼んではいるが、あの二人のことだ。
言っても無駄だと解っている。
悠歌が生まれた時に作られた通帳は、既に七桁の数字が記載されていて、成長するにつれ、謎の入金が増えていく。
以前、悠理に尋ねれば、「ん?あたい、初等部に入ったとき、1000万以上あったぞ?」と改めて異常な家庭であることを知り、愕然とさせられた。
毎年、豪華な振り袖を仕立てるだけでも、とんでもない金額がかかる。
剣菱家の財務状況はもちろんよく知ってはいるが、本当に天晴れな金の遣い方だ。
───価値のある物に糸目はつけない
そういう点、感心させられるほどなのだが、悠歌にはある程度まともな感覚を持ってほしいと願っている。
でないと、将来付き合う男が苦労するだろう。
それが原因で不幸な別れ方をする可能性も無きにしも非ず、だ。
「・・・・・。」
ふむ。想像しただけでも腹が立つな。
やはり娘には僕が吟味した相手を選ばせるとしよう。
「清四郎。」
「ああ、悠理。用意できましたか?」
「うん!」
結婚した時に贈った加賀友禅の訪問着。
桜色に浮かぶ源氏車と葵の紋様は、長く使えるよう僕が選んだ。
華やかな吉祥柄の金帯はおふくろが見繕った物で、悠理はこの組み合わせが特にお気に入りだった。
髪をアップにしているからか、真珠のピアスがとても映える。
知性はなくとも、悠理の美貌は本物だ。
溢れんばかりの生命力と真っ直ぐな性格。
年を重ねる毎に女性らしさが身についてきて、時々昔の彼女を思い出せなくなる。
「変じゃない?」
「………ちっとも。」
「あれ?清四郎の着物、もしかして兄ちゃんとお揃い?」
「よく気付きましたね。色違いでお義母さんが仕立ててくれたんですよ。ちなみにお義父さんもお揃いです。」
「へぇ、なんか………家族って感じだよな。」
「そうですね。───嬉しいもんです。」
僕の心からの言葉に悠理の頬がほころんだ。
家族の一員として迎えられ早七年。
様々な事件やトラブルはあれど、この一家に染まれば染まったで、楽しいとわかる。
窮屈なことは何もない。
多忙であることすら、幸せな人生の一部だと感じる。
「うなじ………綺麗ですね。」
「そ、そう?ちょっと寒いかな?」
「ショールを羽織りなさい。今朝の予報を見る限り、東京は相当寒いらしい。」
「そだな。じゃ、悠歌にも………」
母親らしく駆け出そうとする手を引き留め、腕の中に閉じこめる。
薄化粧が落ちないようそっと唇を重ね、「今年もよろしく」と告げれば、悠理の頬が瞬く間に桜色に染まった。
「夜まで着物を脱がずに居れますか?」
「………え?」
「たまには………変わった趣向で、ね?」
鮮やかなほど変化する瞬間────
椿色をした頬があまりにも可愛くて、またしても唇を貪ってしまった。
紅が取れようが構わない。
この瑞々しいまでの色気を全て味わいたい。
「パパー!おじいちゃまたちが呼んでるよぉ!」
娘にはちょっと刺激的な光景かもしれないが、彼女も今さら慣れっこだろう。
僕の腕で腰砕けになった妻は、慌てて化粧台へと飛んでいってしまった。
ほっこりと温まる胸の内。
今年もどうか、こんな幸せが続きますように。
そんなごく当たり前の願いを胸に、手を合わせ祈願する頃。
悠歌が握りしめるお年玉袋の中身を見て、義父たちに説教をする羽目となるのだが、それもまた幸せな日常のヒトコマである。