第二話

二人は暫くの間、沈黙したまま歩き続けた。
未だ宝箱らしきモノは見つからない。
宝箱の形状も定かではないのに、悠理はおとぎ話に出てくるようなでっかい木箱を予想していた。

━━━やっぱこんな単純なルートに有るわけないじゃん。

先ほどの動揺から少し立ち直り、気持ちをリクリエーションへと戻す。
勝ちにこだわる悠理は清四郎の数歩後を歩き、睨みつけるよう目を凝らしたまま、木々の間を注意深く探っていた。

そこへ………

別チームの四人組が林の木陰で困り果てている様子が視界に飛び込んで来る。
前を歩く清四郎が駆け出したのは、一瞬後のこと。
驚くほど見事なスタートダッシュだった。

「野梨子!」

そう呼ばれた少女は木の根っこに足を取られ、転んだらしい。
捻挫した足を庇うように座り込んでいる。
それを囲んで見守る男女三人。

「清四郎。」

「捻ったのか?」

「ええ、少し。」

他の三人は突如現れたヒーローにほっとした様子を見せると端的に状況を伝えた。

「薄暗かったから、彼女足を取られたんだよ。」

「やっぱ先生呼んできた方がいいよね?」

「いや、僕が背負っていく。剣菱さん。」

突如として名を呼ばれた悠理は、清四郎が差し出した地図を反射的に握ると、野梨子の足首をちらりと見つめた。

━━━なんだ、腫れてないじゃん。

胸の中のぼやきを察したのか、野梨子は幼馴染みに抱えられながらも悠理を睨み付ける。
それはいつもと同じ、目に見えない火花であったが、いつもとは全く違う意味合いが込められているようにも感じた。

 

「悪い。僕は野梨子を待機所まで連れていくから、この先は一人で探してくれる?二人と合流したらとにかく真っ直ぐに先を進んで・・・・」

「あっそ!」

悠理は清四郎の言葉を遮り、そっぽを向く。
背負われた華奢な少女が、まだ厚みのない両肩にしっかりと腕を回し、まるで勝ち誇ったかのような視線を投げかけてくる。
胸を掻き乱す光景が目の前で繰り広げられ、
‘大した怪我でもないくせに、甘えんなよな。’
・・・・と隠れていた毒が滲み出したが、口にすることは出来ない。
そんなのは、さすがに何かおかしい。
あまりにも理不尽な言い草だ。

二人が去った後、悠理は残された仲間達と並び、同じ方向に向かって歩き出した。

むしゃくしゃする気持ちのまま、立て続けに小石を蹴っていると、その内の一つが何かに当たり弾き返される。
小径から少し外れた場所に立つ、青々と生い茂る栗の木。
太い幹に隠れた、想像よりも遥かに小さな箱。

「宝箱だ!!」

いち早く駆けつけた悠理の後を、三人も続く。
パカッと開ければ中に入っていた時計の秒針が止まり、それを見つけた時間が分かる仕組みとなっていた。
林の中に隠された宝箱は全部で七つ。
果たして悠理はどのくらいの順位を叩き出したのだろう。

「剣菱さん、それ持ってチームメイトと一緒に待機所行かなきゃ。」

「あ、そか。皆揃ってなきゃ駄目なんだよな。」

悠理は箱を抱えて小径を急ぐ。
残された三人は望み薄な場所から離れ、来た道を戻っていった。

待機所では、別チームの四人が同じような箱を抱え、先生達と歓談している。
悠理は二人と合流した後、猛ダッシュでここまでやって来た。
その恐ろしいスピードに男子達は疲労困憊の様子。
別に慌てなくても・・・という忠告はことごとく無視された。

「菊正宗!」

待機所の横には、保健の先生が控える小部屋があった。
簡易保健室とでも言うのだろう。
怪我もまた想定の内。
別のチームの生徒達も数人運び込まれている。

軽い扉を勢い良く開けた悠理は、ベンチに座って野梨子の足に包帯を巻く清四郎へ、小さな戦利品を見せつける。

「ほら!見つけてきたぞ!四人揃って報告しなきゃなんないんだ。来いよ。」

「ああ、お疲れさま。今行くから。」

そう言って立ち上がろうとした彼の感動は明らかに薄い。
悠理はそれが勘に障った。

「へへん、どうだい!おまえなんか居なくたって簡単に見つけられたんだぞ!」

地図を突き返しながら自慢げに鼻を啜る。
清四郎は一瞬ムッとした表情を見せたが、直ぐに「良かったね」と力なく呟いた。

「嫌な人。そんな言い方しか出来ませんの?」

野梨子が静かに糾弾する。
宝石の輝きを持つ瞳が、何もかもを見抜くかのように悠理を射抜いた。

「うっせー!金魚の糞!いつまでもくっついてろ、ばーか!」

中学生とは思えない幼稚な捨て台詞を吐き、悠理は駆け出す。

━━宝箱なんてどうでもいい。
あんな奴等とは一緒に居たくない!
どうせ今更仲良くなんてなれっこないんだから!

脇目もふらず全速力で走ったせいか、気付けば川沿いの土手に足を踏み入れていた。
リクリエーション前に説明された、立ち入り禁止区域。
ごつごつとした小さな石がスニーカーの底に不快感を与える。

「剣菱さん!」

いつの間に追い付いたのか。
菊正宗清四郎は息一つ乱さず、悠理から5歩離れた場所に佇んでいた。

「そこは立ち入っちゃ駄目って言われてただろ?」

「来んなよ!あっちいけ!」

苛立つ悠理が言うことを聞くはずもない。
より川の方へと歩みを進め、清四郎との距離を広げる。

悠理の片足が流れる水に触れた時、彼は「その川は危ないんだよ!」と大きく叫び、急ぎ足で駆け寄った。
そして躊躇うことなく彼女の細い腕を引っ張り、胸の中に抱き寄せる。

それは中学生とは思えないほどの力強さで…………

悠理は戸惑いながらも、柔らかなジャージ越しの胸に、大人しく頬をくっつけた。

「この川は見た目よりも底の流れが速いんだ。何年か前に事故で亡くなった子供が居るって先生達が話していただろう?」

「ふん!あたいは泳ぎが得意なんだぞ!もっと激流でだって泳いだことあるんだから!」

そう突っぱねた悠理だったが、清四郎に掴まれた腕を振りほどこうとはしない。
何故心地良いと感じるのか。
過去一度としてこんな体勢で男子に触れた事はない。
二人はさほど変わらぬ身長。
しかしその骨格は既に男女の違いを見せつけていた。

「油断してたらエラい目に遭うよ。大人だって急な流れにはそう易々と逆らえないものなんだ。」

「・・・・・・・・・・。」

いつまでこうしているのか・・・。
そう尋ねたくても出来ない雰囲気が漂う。
悠理は清四郎のジャージが優しい柔軟剤の匂いであることに気付き、くんくんと鼻を利かせた。

「これ、スズランの匂いだ。」

「当たり。剣菱さんは・・・・」

悠理の首元へ顔を近付けた清四郎が、肌ギリギリのところで大きく息を吸い込む。

「薔薇・・・・・それも・・・かなり上等なものだね。」

思わぬ場所からの穏やかな声が、悠理の胸をドキドキさせる。

「そ、そだよ!おまえも鼻利くんだな。」

「これでも色々と勉強しているから・・・・。剣菱さん自身の匂いも、すごく甘い。」

どう考えても距離感はおかしいはずなのに、二人は今までになく近い場所で会話を続けた。

遠くで笛の音が聞こえる。
それは制限時間に達した知らせ。
汽笛のように長く響くその中で、二人はタイミングを忘れたかのように、静かに寄り添い続けた。