こいつと夜を過ごすようになって、どのくらいになるだろう。
高等部を卒業した直後に変わった二人の関係。
“優等生”の仮面を剥がした男は、美童顔負けの色気で迫ってきた。
───ちょ、おまえ、そんなキャラだっけ?
───変ですか?女を口説いたことがないので、これでも必死なんですよ。
初めは信じられなかった。
清四郎が、“あの”清四郎があたいなんかを好きになるなんて───
この世の終わりでも来ない限り、そんな可能性は“ゼロ”だと思ってた。
女扱いどころか、人間としてもどうか。
犬のように調教され、猫のように甘やかされる。
そんな待遇が何年も続いてきたんだ。
恋なんて生まれるわきゃないって、思い込むのも当たり前だろ?
───あたいを“女”だって認めるのか?
───そりゃまあ、ね。何せ夜も眠れないほど、おまえが欲しいんだから。
清四郎とは思えないその情熱的な台詞に、恋愛なんて腹の足しにもならないと思っていたはずのあたいはコロッと落ちてしまった。
この男───性格はネジ曲がってて、根性も悪くて、裏表激しくて、じじくさい趣味ばっかで………。
でもいつも、“こいつがいなきゃ”って思わせる。
───好き、ってことなんだよな?とにかく。
───いえ、これはどちらかというと“愛”です。おまえみたいな女にここまで骨抜きにされるとは、僕とて思っても見なかった。命を賭けてもいいと思えるほど、心を持っていかれるなんて…………愛以外の何物でもないでしょう?
そんな告白にこっちこそ度肝を抜かれ、ついでに腰まで抜けたあたいを、奴はここぞとばかりにベッドへと引きずりこんだ。
清四郎の匂いがするベッドの中へ。
拒む手を優しく掴まれ、抵抗する唇を荒々しく貪られ、複雑な喜びに涙する頬を愛おしげに啜られた。
初めて知る清四郎の“男”。
野梨子も可憐も、魅録だって知らない奴の顔。
深い色の瞳に見つめられ、視線だけであたいを拘束する。
嘘みたいだった。
清四郎があたいに欲情してる。
焦がれるような目で口説いてる。
こんなの勝てないよ。
こんな男から逃げれないよ。
諦めた瞬間、「それでいいんです。」と嬉しそうに笑う清四郎が………何でか可愛かった。
全てが終わった時、時計の針が三周回った後だった。
クタクタのヘトヘト。
じっちゃんの修行でだって、ここまで体力を奪われたりしない。
なのに清四郎は平気な顔で、シャワーを浴びる為、部屋から出ていった。
────どんな体力してんだ。
何よりもその差に驚かされ、気付けばあたいは夢の中。
疲労感から朝まで爆睡してしまった。
・
・
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「珍しく考え事ですか?」
伸びてきた指が優しく耳をなぞる。
長くて綺麗で、男らしい指。
「別に…………大したことじゃないよ。」
シャワー上がりの湿った身体でゆっくりと近付いてきて、清四郎は気持ちよさそうな息を深く、長く吐いた。
こんな姿も何回見ただろう。
腰の低い位置に巻いたバスタオル。
エロチックに浮き上がった男らしい腰骨。
「悠理は浴びないんですか?」
「……朝でいい。」
“朝が良い”。
清四郎の触れた感触が残ったままで眠りたいから。
愛された余韻に浸ったまま、夢見たいから。
「おまえさ。なんか仕事あるんじゃねーの?教授に押しつけられてただろ?」
「ええ………確かに。でもこの貴重な時間を潰してまで、する仕事じゃありませんよ。」
「ふーん……」
悪くない台詞だよな。
こいつにしては。
「ん~、眠くなってきた。あたいが寝たら…………好きにしていーよ。」
「もちろん。いつもそうしています。」
「…………え?」
捲ったシーツの中で背後から抱きしめられ、密着した肌が清四郎の熱を感じる。
トクントクン
規則正しい鼓動。
それは何よりも安心するリズム。
「おやすみ、悠理。僕はこうしないと………熟睡出来ないんです。」
耳元で囁かれた小さな暴露に心が疼く。
「………おやすみ、せぇしろ。」
これからもずっとずっと、二人でこんな夜を繰り返してゆくんだろうな。
そんな風に思ったら、自分は心の底から幸せな人間なんだと感じられた。