眩いばかりのイルミネーション。
耳を通り抜けるクリスマスソング。
たとえ雪が降りそうなほど寒くても、行き交うカップルたちの表情は明るく、誰もが底抜けに幸せそうだ。
「やれやれ。こんな時期に外で待ち合わせなど、一体どこに視線を定めれば良いやら。」
いつもなら持ち歩いている文庫本に目を落とすのだが、今日はデート。
必要としない最たる物だろう。
腕時計の針は6時半を指している。
そろそろ到着しても良い頃合いだ。
あの優秀なお抱え運転手が約束の時間に遅れるとは思えない。
そこへ───
「せーしろーー!」
駆け寄ってくる犬………もとい、僕の恋人。
大きく手を振り、あっという間に距離を詰めてくる。
ふわふわの真っ白なショートコートとピンク色のマフラー。
膝上のスカートから覗くチェック柄のタイツは、その殆どがブーツによって隠されていた。
まんべんなく可愛らしいデートファッション。
悠理の個性を残しつつも、僕の希望を叶えてくれている。そんな彼女の心遣いが嬉しい。
「悪い、待った?」
「いや。大した時間では。」
「すげー寒かったろ?早く店行こ!」
これまた手触りの良い手袋に包まれ、胸がキュンと鳴る。
悠理の小さな手に包まれているなんて、なかなかに気恥ずかしいものだ。
「そんなに急がなくても…………せっかくのイルミネーションを少しくらい観て歩きませんか?」
「え?あ、ほんとだ。」
こういうところは全く変わらない。
花より団子。色気より食い気。
腹の虫をおさめる事は、彼女にとって最重要課題なのだから仕方ない。
「おまえ………こんなの見て楽しめるタイプだっけ?」
「まあ………時と場合によっては。」
街路樹を彩る青白い光の帯。
雪が降っているわけでもないのに、寒さが倍増する色合い。
だからこそ恋人たちは肩を寄せ、温もりを伝え合う。
吐きだす白い息が重なるほど近くに。
「あたいらも………あんな風に見える?」
幸せそうなカップルを顎で指し示し、悠理はほんのり頬を染めた。
「いいえ。」
「………え、見えないの?」
途端に急変する不安げな顔。
僕は包まれた手を引き寄せ、彼女ごと抱きしめる。
「僕たちの方がよっぽど、幸せそうですよ。」
「わわっ!こ、こんなとこで………やめろよぉ。」
「誰も気にしちゃいません。」
自分でも解っているさ。
こんなのは僕のキャラじゃないってことくらい。
悠理とこういう関係になってから、どんな馬鹿なことでも楽しいと思えるようになった。
どんなささやかなことでも、幸せを感じるようになった。
二人で居れば、小さな喧嘩ですら甘く感じ、彼女の香りを嗅ぐだけでも心が凪ぐ。
小猿のような友人がかけがえのない存在へと変わり、僕の中に生まれ続ける新しい感情が心を豊かにしてくれる。
恋がこれほどまでに世界観を変えるとは、想像もしていなかった。
「せぇしろ…………おなか空いたよぉ。」
「はいはい。今日のレストランは相当ボリュームがありますよ。限度を超えた食べ方はしないように。」
胃薬持参の健全なデートもこれで10回目。
そろそろ次のステップに進もうか。
それともまだこの甘酸っぱい刺激に酔いしれようか。
「なぁ。」
「ん?」
「クリスマスイブは………どーすんの?」
そこはまあ、世間一般に倣って特別なデートを選ぶべきでしょう。
高級フレンチ?それともイタリアン?
夜景を一望できるバーで、しっとりお酒を飲んで────
「どこか行きたいところでもあるんですか?」
さっきより頬を赤らめた悠理は、背伸びしながら僕の耳に唇で触れてきた。
内緒話をするように。
「*****」
「……………え?」
まさかのお誘いは彼女から。
想定外の展開に我知らず固まる僕。
「………いいんですか?」
「………あ、当たり前だろ。あたいら…………恋人なんだし。」
誰にそそのかされたのかは聞かないでおこう。
せっかく悠理が勇気を出してくれたのだ。
余程の覚悟が無くては提案できない内容。
胸を覆う歓喜と期待は、僕に至上の感動を与えてくれる。
彼女の細い肩を抱きしめ、「ありがとう」と囁けば、悠理の長い睫毛が幸せそうに震えた。
今年のクリスマスイブはきっと忘れられない記憶となるだろう。
数多あるホテルの中から探し出す最高の一部屋で───僕たちは新しい世界を目指す。
メリークリスマス
初めて抱いた神への感謝は、星空瞬く夜空へと吸い込まれていった。