Seventh Heaven(Xmas story)

「ふぁあ………さっぶい!さっさと飯食いに行こうぜ!」

「この時間なら適当な居酒屋くらいしか………」

「いいよ!行こ行こ。」

いつもは混雑する大通りも、深夜11時を過ぎると人も疎ら。
カップル達は今頃、予約したホテルでまったり過ごしているのかもしれない。
何せ今日はクリスマスイブであるからして。

悠理は恋人である男のコートを急かすように摘まんだ。
まだ、気安く手を繋げるほどこの関係に馴染んではいない。
付き合う前と違い、今はしっかりはっきり男女の意識があるわけで、相手と目が合うだけで鼓動が跳ね上がった。

見慣れた顔のはずなのに────

恋人だと認識すれば、それはもう、選んだ自分を褒め千切りたくなるほど良い男に見える。
事実、昔からイイ男ではあった。
ワイルド系の魅録とは違う、大人びた容姿。
でもその性格は、意地っ張りで融通の利かない子供っぽさと、先々を見透かし冷静に対処するクールでアダルトな面を両方兼ね備えている。

散々莫迦にしながらも、時として優しく手を差し伸べる彼の目に、いつしか深い愛情を感じ取るようになった悠理。
気付かぬ振りを続けることが苦痛になってきた頃、彼女は自ら清四郎の気持ちを確認した。

「そうですよ。おまえが好きです。」

驚くほどあっさり肯定した男はにっこり微笑む。
そこはかとなく胡散臭さを感じたが、“好き”と言われたら、その先のことを考えなくてはならないことくらい、脳味噌の少ない悠理にだって解った。

「……………冗談じゃないよな?」

「冗談?………その手の冗談を言ったこと、ありましたっけ?」

本気だというのなら、素直になればいいのに。
厄介な性格は今更だけど、彼としても若干の照れがあるのだろう。
珍しく耳元が赤かった。

悠理は悩んだ挙げ句、「なら、付き合ってみっか!」と軽く答えたが、それは断れば清四郎なりに傷つくであろう事態を予期してのこと。

誰だって、振られたくはない。
小さくても大きくても、失恋は辛いものだと、野梨子や可憐を見て学んだ。
とにかく悠理は、友情に毛が生えたほどの感覚で彼を受け入れてしまったのだ。

しかしそんな気楽な返事ですら、清四郎に歓喜をもたらす。
彼の頭の中はリオのカーニバルを100倍にしたような騒がしさで埋め尽くされていたが、しかし、自分のキャラをよーく理解してる男が人前で飛び上がって喜ぶはずもない。
「では、よろしく。」と握手を求め、悠理もそれに応えた。

あの日から、二人はデートを重ね、いつしか一ヶ月が経っていた。
師走に向けて皆慌ただしく、有閑倶楽部の六人も忘年会やパーティに繰り出す事が多くなっていった。

そんな中、清四郎はクリスマスの予定を尋ねる。
もちろん悠理だけに。

「んと、25日は家中みんなでパーティする。でも24日はフリーだじょ?」

「ではその一日を……デートに当ててもいいですか?」

「うん!何する?あたい観たい映画あるんだ!それに遊園地と買い物───もちろん、飯も食いたい!」

「相変わらず………欲張りですね。」

「え?ダメ?」

「ちっとも。上手く予定を立てましょうか。」

清四郎に任せておけば、楽しい一日になる。

過去数回のデートでの確信が、悠理をご機嫌にさせた。
彼が立てる計画に抜け目はなく、いつも悠理が望む以上の楽しさを与えてくれる。
そんな恋人を手に入れたのだと思えば、鼻が自然と高くなるし、自分の選択は間違っていなかった──と嬉しくなるのだ。

そして今日。
ランチに選ばれた高級イタリアンは最高の味で、隣の客が予約するのに一年かかった………と小さくぼやいているのを聞いた。

「よく取れたな。」

「親父のコネですよ。毎年結婚記念日に使ってるんです。」

「へぇ!仲良しじゃん。」

「僕たちも………そうなるといいですね。」

ワインが程良く入った清四郎はいつもより十倍甘かった。
悠理はドキッとしたが、それもそうだな、と納得し、差し出されたデザートを二人分平らげた。

照れているのは自分も同じ。
素直な清四郎なんて───ちょっと困る。

時間になり、レイトショーに駆け込んだ二人は、『今年最高の映画』と噂になっている作品を堪能した。
それはアクションとラブロマンスが合体したようなストーリーで、所々激しいラブシーンもあった。
イケメン俳優の鍛えられた肉体と、ベテラン女優の均整が取れたナイスバディ。
スクリーンいっぱいに映し出されるそれを、いつもなら澄ました顔で観れるはずなのに、悠理は何故か真っ赤になってしまった。

意識している───
座席に置かれた清四郎の手を。

この真面目ぶった男が、あんな風に女を抱くことがあるのだろうか?
激しい情熱を迸らせながら、女を求めることがあるのだろうか?

悠理はあわててコーラを啜ったが、最後の最後まで顔の赤みは引かなかった。

────どうしよう。清四郎の顔が見れないよ。

クライマックスに登場した悪役による銃撃戦。
そんな楽しい場面ですら、悠理の目には朧気に映った。


「トイレ行ってくる!」

エンジ色の緞帳が閉まった後、悠理は逃げるようにロビーへと出た。
こんな顔色でどうやって対峙していいのかわからない。
清四郎に追及されると暴露してしまう性質の彼女は、必死で顔を洗い、平常心を取り戻そうとしたのだ。

鏡を見ながら、濡れそぼった前髪を一生懸命誤魔化していると、同じ映画を観ていたらしい女子二人が、高いトーンで話し始める。

「さっきロビーでパンフレット見てた人、かっこよかったねー。」

「やだ、あんたも見てたの?黒髪の背高い人でしょ?しっぶいジャケット着てて、ストイックな感じの男前だったよね。」

「そそそ!それにわりとお金もってそうじゃない?全体的に高そうなファッションだったし。」

「一人かな?逆ナンしてみる?」

「どうだろね。お茶でも誘ってみようか?」

悠理は的確にその男が清四郎であるとわかってしまった。
そして改めて、モテる男なのだと気付いてしまった。

途端に湧き上がる“嫉妬”という名の感情。
自分以外の女が清四郎に話しかけるのかと想像すれば、それは不愉快な光景でしかない。

濡れた顔をペーパーで拭い、女たちの横を疾風の如く通り抜ける。
そして恋人が待つロビーへいち早く向かうと、「腹減った!早く行こ!」と急かしたのだ。

彼女たちが落胆すればいい。
そう思う自分の醜い変化に悠理は戸惑った。

────あたいって………こんな奴だったっけ?




居酒屋………といってもチェーン店ではなく、割とこだわりのある店にやってきた二人は、クリスマスらしからぬ「焼酎」で乾杯した。

「「メリークリスマス!」」

二人だけのクリスマスイブなんて初めての経験だが、悠理は不思議と居心地の良さを感じていた。

目の前の男はいつもと同じ、穏やかな笑みを湛え、こちらを見つめている。
昔と変わらない一定の温度。
だからこそ、さっきの映画で観たような情熱なんて彼の中には存在しないのだろうと思っていた。
それは悠理をホッとさせる反面、どこか物足りなさを与える。

───こいつ、女と付き合ったことあんのかな?もしあったとして、そん時もこんな風だったのか?

映画は映画。
多少なりとも誇張したもの。
だけど、悠理にだって憧れはある。
自分より強い男に恋請われる妄想は、一度や二度では無かった。

 

「どうしたんです?」

「…………え?」

「ほら、唐揚げ。好きでしょう?」

皿をこっちに寄せられ、初めて自分の箸が止まっていることに気付く。
いつの間にやら、テーブルには多くの料理が出揃っていて、おいしい匂いを漂わせている。

「うん。好き。」

早速大口を開けると、大きな鶏肉を放り込む。
それはジューシーで、薄い衣がサクサクと音を立て、口の肥えた悠理でも納得する完璧な仕上がりだった。

「この店、アタリだな?」

「………ですね。」

清四郎の頬をほころぶ。
旨いものを食べたら、人は皆ご機嫌になって当然である。

「そーいやさ。」

「ん?」

「…………清四郎って、恋人作ったことあんの?」

「…………え?」

酒に乗じての質問は清四郎の目を見開かせた。
交際一ヶ月にしてようやく、そんな疑問が湧いてきたのかと思い、少し嬉しくもあったのだ。

「………ありませんね。」

「ほんとにぃ?」

「ええ。特定の相手を作りたいと思ったのは、おまえが初めてです。」

「───ふーん。」

表面上、喜びを見せない悠理だったが、内心、軽く小躍りしたくなるほど嬉しかった。
もちろん長い付き合いだから、彼が多忙であることも、美童のように誰彼かまわずといったナンパ師でないことも知っている。

だが、映画館での出来事から察するに、逆ナンされるような魅力的な男であることに違いなく、もしかするとその中に気に入った相手が居て、深い関係になった過去があるのでは?等と勘ぐってしまう。

肝心なことは口にしない。どちらかというと
秘密主義な男だから、たとえそのような経験があっても仲間に洩らしたりはしないだろう。
悠理もその辺の性格はよーく理解していた。

「…………気になるんですか?僕が嘘を吐いているとでも?」

「え?あ、いや………んなことないって。だけどおまえ………わりと女にもモテるじゃん?興味本位で付き合いたいとか、思わなかったの?」

「興味本位……とは心外な。そんなにも薄情そうに見えます?」

『見える』と答えればややこしいことになりそうなので、悠理は「どうかなぁ?」と茶を濁した。

「まぁ………一度くらい考えた事もありますが。」

「え!?やっぱあんの??」

「あれは、そう。おまえに、こてんぱんに振られた後くらいですかね。」

「振られた??いつ、どこで??あたいがおまえを振った?」

目を剥く悠理に清四郎は苦笑いを見せる。
「ま、過去のことです。」と呟く彼を見て、悠理はようやく先の「婚約騒動」を思い出した。

「あのさぁ、あれは違うじゃん。あれは………おまえが剣菱(うち)を欲しがっただけだろ?あんなのは………振った振られたの話じゃないよ。」

「そうは言いますけど、結婚まで考えた相手なんですよ?僕にとっては一大事だ。………だいたい悠理だから決意したってのもあるんです。」

「あたい、だから?」

初めて聞く暴露に、ついつい身を乗り出してしまう。
あの時の清四郎の態度を思い出せば、自分のことを真剣に考えていたとは到底思えなかったし、恋や愛の問題とはかけ離れていたように思う。

「おまえとなら………一生側にいても飽きないと思ってね。それが特別な想いだなんて、そのときの僕は知らなかったんですよ。」

凛々しく澄んだ目が、ほんの少しだけ揺らぐ。
それこそが偽りのない証拠。
彼の気持ちが悠理へと真っ直ぐ伸びてくる。

「……………あたいだって………おまえとなら飽きないよ。きっと───」

もちろん本音だった。
悠理の願望をものの見事に叶えてくれる男は、この世に清四郎しかいない。いつもそんな事実に気付かされる。

「そう努力するつもりです。…………だから、おまえの全てを僕に預けて欲しい。」

「……………え?」

意味が捉えられず首を傾げると、清四郎の伸ばした手が悠理の頬にそっと触れた。

「今夜…………二人きりになりたい。」

さすがにその言葉の意味を読みとった悠理は、ボッと赤くなり、先ほど映画で観たラブシーンが瞼によみがえった。

「あ、あ、あたいと?」

「…………他に誰が居るってんです。」

清四郎の眉が寄せられ、声は密やかに────

「実は、近くにホテルを予約していまして───もちろん断られる覚悟もしてきましたが、今日はクリスマスイブですし、本音を言えば独りきりの夜は過ごしたくありません。」

自虐的かつ誘うような台詞は、悠理の戸惑いを更に増幅させた。

せ、清四郎と??
そりゃ、そんな関係になってもおかしくないかもだけど───にしても、こんないきなり??

「あ、あたい………」

「大丈夫。心配しなくても………優しくします。」

先手を打つような宣言からは、心の準備を早くしろと急かされている気分になる。
悠理は一転押し黙ると清四郎の目をじっと見つめた。

たぶん、断ることは出来るはず。
まだ気持ちが整っていないと言えば、清四郎は残念そうな顔をしながらも一旦引いてくれるだろう。
意地悪な面も多々あるけれど………何故かこれについては自信があった。

でも─────

好奇心という名の欲望は、先ほどのラブシーンを目の当たりにしてから膨れ上がっている。
他人には幼いだの、色気が無いだの野次られてきた悠理だが、彼女もそれなりにお年頃。
あんな激しい絡み合いに、下半身がむずむずしてしまうのも仕方ないことだった。

でも………

果たして清四郎は本当に先へ進みたいんだろうか?
いつぞやの暴言は記憶に新しい。
かといって、女と認識しているのだから告白されたわけだろうし………

もやもや、ムズムズ

心と身体のバランスが定まらない。

「……………一緒に泊まるのは、いいよ。」

覚悟を決め、口を開く。

「本当に?」

「で、でも………その先は……ちょっと分かんない、かな?」

「怖いんですか?」

「怖い………っていうか、なんていうか……」

ヒトコトで言えば“怖い”のだろう。
清四郎の雄の部分に触れてしまうことが。
未知の経験を前に、自分が自分でなくなる気がして、怖い。

でもそれ以上に、清四郎を知りたい気持ちもあった。
他の女に奪われることなどもはや許せないくらい、彼への想いは高まっている。

清四郎にとって初めての恋人。
もちろん最後の恋人でもありたい。

悠理は加速度的に恋が成長するのを感じていた。だからこう答えたのも彼女なりの譲歩。

「……………一緒に過ごしたい気持ちは、ある。」

「それで、充分ですよ。」

そっと手を握りしめ、満足そうに頷く。
清四郎がどれほどこの夜を待ちわびていたかが解り、悠理は胸に生まれた炎がぶわっと大きく燃え広がったことを知った。

「……………じゃ、行く?」

「ええ。」

手と手を取り合い、店を出る。
それは酒の勢いもあったのかも知れないが、悠理はもう惑うことは無かった。

流れ星のように走るタクシーを見つめ、男は手を挙げる。間を空けずして停まる黒塗りの一台。

二人が迎えようとしている聖夜は、果たして────?

メリークリスマス

星空の下、集う数多くのカップルに至上の幸あれ。