第一話

━━━━う~ん、どうしたもんかな。

中等部に上がったばかりの悠理は悩んでいた。


学園では夏休み前の行事として、二泊三日の林間学校がある。
体力作りの登山と、生徒の交流を目的としたキャンプ。
和気藹々と楽しむBBQや、隣のクラスと合同のレクリエーション。
どれもこれも彼女にとっては楽しいイベントのはずなのだが、問題はそこではなく・・・・。

「あいつらと一緒かよ。」

白鹿野梨子と菊正宗清四郎。
幼い頃からの因縁はいまだ引き摺っている。
特に「白鹿野梨子はツンケンして嫌なヤツ」・・という認識が強いため、悠理のテンションも下がる一方だ。

「あの澄ました顔見たら、イラッと来るんだよな。相手にしなきゃいいだけなのに。」

彼女と登下校を共にしている男にもその苛立ちを感じていたが、特にからかった覚えはない。
相変わらず金魚のフンみたいにくっついてるが、どことなく昔と雰囲気は変わった。
お姫様の影に隠れるのではなく、自分が率先して前を歩くといった感じ。
実際には隣に寄り添っているのだが、態度がでかいせいかそうは見えないのだ。

「ちぇ、弱虫のくせに・・・」

悠理の認識はいまだ幼稚舎のまま。
背丈ばかりがやたらと伸びた「もやし野郎」と思っている。
だが、実は中等部に入ってから、彼が異様にモテている事も知っていた。
天才と囃し立てられ、女子だけでなく男子からも人気がある。
聞くところによれば、教師すら一目を置く存在らしい。
小学部では一度も同じクラスになったことがなく、接点も少なかった。
しかしここに来て、その距離が縮まる可能性がある為、悠理は悩んでいたのだ。

「ま、いっか。無視しちゃえ!」

胡座を掻いたまま、ごろんと転がる。
林間学校自体は楽しみにしているのだ。

「おやつ、どんくらい持ってこっかな~。」

呑気な彼女の思い浮かぶ事といえば、スナック菓子並に軽い悩みだった。




七日後。
あまり深くはない山の中で新入生達が初めて行うレクリエーション。
ゲーム性を重視したそれは、林の中に隠された「宝箱」を見つけるという単純なものだった。
クラスを合わせれば二組全員で70人ほどになる。
前もって配られたクジで四人組となりそのタイムを競うのだが、勝負事となればいの一番に燃える性質を持つ悠理は、案の定、目を爛々と輝かせていた。

「アルファベットのT!集まれ~!」

小さな紙を翳しながら、自分の仲間を呼ぶ。
そこに現れたのは「菊正宗清四郎」を含む三人の男達。
全員が悠理とは別のクラスだった。

「うげ・・・・!」

思わず洩れた声を引っ込めることは出来ない。
清四郎はしかめ面でそれを受け止めたが、すぐに林の地図を開いて、仕切り始めた。

「この林は見ての通り結構広いんだ。とは言っても先生達が危険な場所に宝箱を隠すはずがないから、きっと小径沿い、もしくは木の根元が怪しいと思う。」

「ここに小川への道があるけど、そっちの可能性は低い?」

「川には近付くなって、さっき先生が言ってたろ?」

「ああ、そうだったね。」

男達三人で話は進む。
悠理の不機嫌な表情を無視して・・・・。

「ふん!あたいは川沿いが怪しいと思うけどな。」

「根拠は?」

「こ、こんきょ?」

「だから、理由は?」

清四郎の突っ込みに悠理はタジタジだ。
彼の目には一点の曇りもない為、言葉が続かない。

「な、なんとなくだよ!」

「却下。さ、じゃあ、小径沿いを歩こう。皆はもう出発してるしね。」

そんな単純な場所に宝箱なんてあるはずないのに・・・・。
悠理は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

歩くこと15分。
他のチームはあちらこちらに散らばったのだろう。
四人は鳥の声が響く静かな径を、ただひたすら歩いていた。
真昼間でも太陽の陽射しは生い茂った木々に阻まれ、空気は冷たい。
皆は長袖のジャージを着ていたが、悠理は半袖のシャツのみだった。

「剣菱さん、寒くない?」

そう尋ねてきたのは清四郎だ。

「寒くない。」

「元気なんだね、相変わらず。」

「ふん、余計なお世話。」

突っぱねる悠理に他の男子達は言葉を掛けることも出来ず、ただただ宝箱の在処を捜していた。
制限時間は1時間半。
これはある意味、長い散歩を強制させられていると言っても過言では無いだろう。
中学生になったばかりの生徒達へ、体力作りを促しているのだ。

「なぁ。道が分かれてるぞ。どっちに行くんだ?」

ブナの大木を中心に左右へと広がる小径。
悠理はじーっと睨み付けるようにその奥を見つめるが、どちらも怪しく感じる。

「地図を見ればこの先100mほどで合流するみたいだ。二手に分かれよう。」

清四郎の意見に皆が賛成し、何故か悠理は自然の成り行きで発案者と二人きりにさせられた。

「なんでおまえとなんだよ!」

「僕と二人で何か問題が?」

時々大人びた口をきく清四郎に、悠理はやはり太刀打ちできない。

『こいつぅ・・・・・イヤミくせぇ!』

心の中で悪態を吐いて、彼の影を後ろから踏む。

影・・・・
いつの間にか自分と同じくらいの大きさになってる影。

・・・・・いや、少し大きいか?

悠理は新しく発見した清四郎の変化に、悔しさを感じた。

いつの間にか、彼の後ろをテクテクと歩いている。
まるで普通の女の子のように。

それに気付いて慌てて足を速めるが、何故か隣に並ぶことが出来ない。
無性に気恥ずかしさがこみ上げてくる。

短く切り揃えられた襟足。
意外と太い首回り。
肩幅は自分のそれに比べ、少しだけ広い。

・・・・成長期かな?

決して低くはない身長の悠理だが、彼の全体を捉えようとすればどうしても見上げなくてはならない。
小学部の頃は感じなかった体格差に、少しだけもどかしい気持ちが湧いてきた。

「おまえ、でかくなったな。」

それは独り言のつもりだった。
しかし清四郎はおもむろに振り向くと、ニヤリと口端を上げる。

「もう、苛められたりしないよ。」

「ば、バカ言え!おまえなんてあたいに敵うわけないだろ!へなちょこ野郎。」

「ふ・・・すぐに分かるよ。」

自信たっぷりの男は小憎たらしいが、悠理は何故かわくわくしていた。

こいつに負けるつもりはない。
あの嫌味な女にもいつか思い知らせてやる。

血気盛んな彼女の胸が熱く滾る。

それを敏感に感じてか、清四郎は歩みを止めたまま、悠理の顔を覗き込む。

「な、なんだよ!?」

驚いて顎を引くと、二人の間を一陣の風が吹き抜けた。
清四郎の真っ直ぐな前髪が揺れる。
悠理のくせっ毛もふわりと広がった。

「へぇ・・・・意外と美人なんだ。」

「は?」

一人クスクスと笑い出す男に混乱する悠理。

━━━━あ、あたいが美人??こいつ何言ってんだ??

聞き返そうにも内容が内容なだけに、口をパクパクとさせるしかない。

「さ、先を急ごう。そのおっきな目でよーく探してくれよ。」

そう言われても、悠理の頭からは宝箱探しのことなど消え去ってしまった。
再び背中を向けた男に激しく怒鳴りたくなる。

掻き乱される心。
それが一体どんな意味を持っているのか━━━。

たった12歳の少女に、淡い恋心など分かるはずも無かった。