秋風と小さな幸せ

「待たせましたね。」

街中で呼び止めた相手はESP研究会の一人で………デート中にも関わらず、30分も話し込んでしまったのは、確かに僕の失敗。

広場のベンチで独り───
何よりも退屈を嫌う彼女が、よくもまあ、怒って帰らなかったものだ、と胸を撫で下ろす。

「悠理?」

そっぽを向いたまま、返事もしない。
当然だろう。
文句こそ言わないが、決して機嫌が良いわけじゃないんだから。
横顔に見て取れる。

自らの反省を込め、ベンチに座る悠理の腰をそっと抱くと、彼女は慌てた様子で身を捩った。
だが逃しはしない。
身体ごと力強く引き寄せ、耳元で謝罪する。

「すみません。つい盛り上がってしまって。…………今日は何でも言うことを聞きます。」

「……………ふん!」

「おや。怒った顔も可愛いですね。」

「ばっ、馬鹿やろ!思ってもねーくせに!」

「思ってますよ。悠理はどんな顔でも可愛くて…………堪らなく愛おしい。」

自分でも引くほどの甘ったるい台詞。
だが決してお世辞などではなく、本当に悠理が可愛くて仕方ないのだ。
怒っていても、泣いていても、ふてくされていても…………僕の心を幸せで満たしてくれる唯一無二の存在。

「ああ、随分冷えましたね。どこかカフェでも入ろうか。」

いくら体力自慢でも、この気温だと風邪をひいてしまう。
そうなると来週行われるゼミのスキー合宿に差し障りが出るだろう。
彼女の楽しみの一つを奪うわけにはいかなかった。

さらっと記憶を辿り、近くの喫茶店を何軒か思い浮かべていると─────

「…………これ。」

差し出されたのは、いつの間に手にいれたのか、僕が好んで飲む店のテイクアウトコーヒー。
すっかり飲み頃の温度にまで落ち着いている。

「おまえも………立ち話で寒かったろ?」

そう言って照れる姿は言葉に出来ないほど愛くるしいのだ。

あぁ………悠理、そんな気遣いを見せてくれるなんて────

昔は想像も出来なかった。
胸が絞られるような優しさの片鱗を、こちらへと向けるようになったのはいつ頃から?

好きだと伝えたのは一年前の冬。
あの頃はまだお互い制服に身を包んでいたな。

友情と愛情を天秤にかけ、僕は初めての恋へと邁進することを決めた。
恋愛なんて厄介すぎる代物も、おまえとなら楽しめると思ったのが最初の切っ掛けだった。

「んなこといわれても………………困るよ!」

そう言って逃げ出そうとした悠理の顔には、“友人としての僕“を切り捨てられない思いが滲み出していた。
そこに付け込んで、半ば洗脳するかのように恋へと引きずり込んだ。
多少、卑怯だったかもしれない。
だが罪悪感よりも、彼女を手に入れる愉悦が勝った。

知れば知るほど、悠理の中に女を見つけてしまう。

暴き、暴かれて、
睦み合って、同じ夢を見て。

次第に、彼女のことを全て知っていると思っていたのは大間違いだったと気付く。
気儘で我が侭なその内面は、母性に似た深い愛情で占められていた。

驚くほど単純で一方向な愛。
悠理はそれを僕に与えてくれる。

「せぇしろ?」

辿々しく僕を呼ぶ、その甘い声。
重なり合った手の中で、ほんのりと暖かい珈琲が旨そうな湯気をくゆらせている。

「頂きますよ。けれどその前に────」

人の目など、どうでもよくなるこの瞬間。
詫びと、愛情と、ほんの少しの下心で奪った唇はやはり冷えていて…………
互いの体温が交ざり合い、心が優しさで満たされる。

「おい………………こんなんじゃ許さないぞ?何でも言うこと聞いてくれるんだろ?」

「ええ。男に二言はありません。」

「言ったな!?………んじゃあ、今から………」

彼女の望みを叶えるのは、いつも僕だけでありたい。
ずっと、一生、頼られる男であり続けたいんだ。

「マカオで豪遊!!!」

「……………………解りました。」

金のかかる女だが、こいつだけは手放せない。

一生に一度の恋をとことん楽しませてくれる、最高のパートナーなのだから。