※オリキャラ視点で
聖プレジデント学園はどこぞの金持ちの子供たちが集まる、特別な学校だった。
しかし僕はあくまで『庶民』の出。
馴染むまで苦労させられたのは確かだ。
価値観も話題も全く違う、まるで高価な檻のようなものに放り込まれたのだから、無理もない。
僕の名は“綾小路 嗣(あやのこうじ みつぐ)”。
名前は仰々しいが、父はサラリーマン、母はパートに出かける普通の主婦だった。
宿題をしろ!と怒られる毎日。
他の家庭と何ら変わりない。
だが12の頃。
両親を事故で一度に亡くし、唯一の身よりである叔父に引き取られてからというもの、世界は180度変わった。
タワーマンションをいくつも所有する叔父は、不動産業界ではちょっとした有名人らしく、その妻である叔母もまた実家が相当な金持ちで、生活は桁外れに裕福だった。
残念なことに二人は子供に恵まれず、彼らとって僕は待望の息子であり、欲しいもの、必要なもの全てを与えてくれた。
ちょっと甘すぎるんじゃないかと思うほどチヤホヤされ、その上こんなハイソサエティな学園に放り込まれて、正直膝が震えた。
慣れない生活は思いのほか、ストレスを感じるものだ。
入学式─────
学園の前にはズラリ、送迎車の列が成す。
僕も同じようにハイヤーに乗せられ、校門に辿り着いた。
日本とは思えぬエレガントな鉄の門扉。
行き交う父兄の上品な笑い声が響きわたる。
ほとんどの子供達がエスカレーター式の為、顔見知り同士、親しげに話す姿が目に入った。
中庭には美しい薔薇が植えられ、ポプラの並木道は整然としている。
どこもかしこもプロの手入れを感じる庭。
金のかけ方がハンパない。
桜が点在する校舎の前へとたどり着いたその時、まるで日本人形のように整った顔立ちの女の子が「ごきげんよう」と声をかけてくれた。
微笑みが可愛らしい。
所作が美しかった。
僕が見てきた今までの女子とはかけ離れた存在。
心臓がバクバクする。
「こ、こんにちは。」
会釈しながら答えると、彼女は少し驚いたように目を瞠った。
「新入生?」
「はい。そうです。」
「入学おめでとうございます。素敵な学園生活を送ってくださいね。」
にっこり、花のような笑顔に胸は撃ち抜かれ、僕は彼女が去る後ろ姿をいつまでも見送った。
春の温かな風が黒髪を揺らす。
真っ直ぐな背中とたなびく制服の白いプリーツ。
桜の花弁が惜しむように彼女の足跡を覆う。
追いついてきた叔父に肩を叩かれるまで、僕の意識はその美しき光景に奪われたままだった。
彼女が二学年上の先輩であると知ったのは、翌日のこと。
“白鹿野梨子嬢”は学園一美人と評される存在で、その人気をもう一人の美女、黄桜可憐と二分していた。
僕はもちろん、彼女に一票を投じる。
あれほど気高く、可憐な女性は見たことがない。
まさしく聖女。
手を伸ばしても届かぬ、憧れの人だ。
クラスメイトたちは、余所から来た見慣れぬ顔の僕を、それでも和やかに受け入れてくれた。
特に学級委員の“志太泉 朔也(したいずみ さくや)”は何かと世話焼きで、学園のあれこれを教えてくれる。
当然、白鹿野梨子嬢の噂についても詳しく話してくれた。
「彼女は特別さ。あんな完璧な女性はこの学園でも珍しいからね。だけど、残念ながら、うちの生徒会長と恋仲って噂なんだよなあ。」
彼は意気消沈しながら呟く。
もちろん彼も彼女に憧れている一人だ。
にしても、生徒会長の評判はすごかった。
文武両道、眉目秀麗。
入学式で遠目に見た彼はとても中学生とは思えず、凛々しく聡明な顔立ちは何事にも動じない威圧感すら感じた。
そんなスーパーマンが幼い頃から側にいるのだ。
彼女の男を見る目は山のように肥えていることだろう。
ガッカリすると同時、どこか誇らしい気分にもなった。
あの人にはそんな男が似合う。
隙のない、折り目正しい青年が。
なかなか心を開くことの出来なかった僕だが、半年もすると学園にも慣れ、軽口をたたく友達も二人ほど増えた。
秋といえばレクリエーションの季節。
バスで二時間ほど走った先の山や、遠い海でのキャンプファイヤー。
皆で準備するバーベキューは想像していたより遙かに楽しかった。
上級生と合同で行うそれらに、当然白鹿野梨子嬢の姿がある。
もちろん生徒会長も。
その頃になると彼女は学園一金持ちの剣菱悠理と連むようになっていた。
二人は昔、犬猿の仲だったと聞く。
何がどうなって今の状態になったのかは知らないが、彼女たちはいつ見ても楽しそうにじゃれ合っていた。
まるで昔から仲良しだったかのように。
しかしそのレクリエーションで、僕は衝撃の事実を知ることとなったのだ。
その日、夕方から行われたキャンプファイヤーは大盛況だった。
音楽に合わせてフォークダンスを踊り、火の粉舞う美しい空を眺める。
刻一刻と沈みゆく夕日が辺りを闇へと変えてゆくが、この大きな炎があればちっとも怖くはなかった。
「嗣。肝試しに行かないか?」
仲の良い友人となった“松島”は、クラスメイトの“高月”と共に僕を誘う。
キャンプファイヤーを抜けだし、廃墟となった保養施設に行こうと言うのだ。
恐怖より好奇心。
好奇心より冒険心。
僕たちの年頃は皆そんなものである。
意気揚々と歩き出した二人の後を、数歩遅れてついていく。
小さな懐中電灯だけが頼りの暗くて細い道。
すぐ側を県道が走っているというのにわざわざこんな道を選ぶのも、雰囲気を盛り上げるための演出だ。
五分ほど歩けば、鬱蒼とした茂みの奥に古びた保養所が見えてくる。
コンクリート塀に囲まれた高さ15メートルほどのそれは、お世辞にも楽しそうな場所には思えなかった。
「ふぁ~・・・すげぇ。」
「いい雰囲気じゃん!」
武者震いをしながらも、友人二人は懐中電灯の光を壊れた窓や屋上に向ける。
特に何かを感じた訳じゃないが、背中をぞぞっと走る悪寒には逆らえない。
僕は拳を強く握り、逃げ道を探すべく、辺りに視線を配っていた。
しかし松島と高月はズンズン奥へと進んでいく。
何がそこまで彼らを駆り立てるのか。
ここまで来たら充分じゃないか。
────そう思っては居ても、水を差すようなことは流石に言えない。
それに臆病者のレッテルはもっと頂けない。
仕方なくついていくと、彼らは玄関の隙間から建物内へと忍び込む寸前だった。
「中はわりと綺麗だな。」
「年季は感じるけど、結構豪華な造りだぞ。」
「ほら、嗣。早く来いよ!」
一人よりも二人。
二人よりも三人居た方が、気力も湧くのだろう。
恐れる気持ちをひた隠しにして、正面玄関に足を踏み入れる。
静まりかえった闇がその先に待ちかまえていたが、スポットライトのような懐中電灯の明かりが道標となってくれた。
「……廊下、広いな。」
「どこ目指す?」
「そりゃあ、屋上でしょ。」
「ふつう鍵がかかってるんじゃないか?」
「とにかく行ってみよう。」
松島が率先して階段を探し、その後ろを高月が、そして僕が続いた。
カタン………!
突如上の方から物音がし、僕たちは揃って面白いほど肩をビクつかせた。
闇の中を懐中電灯で照らすも、何が見えるわけでもない。
─────怖い!
三人は同じ恐怖に囚われ、そしてそれを言葉にすることすら出来なかった。
…………ひぁぁああ!
続いて女性の泣き声のような……悲鳴が届く。
こうなるともう、ここに居ることは不可能だ。
僕は竦む足を叱咤し、階段を二、三歩降りた。
「おい、嗣!待てよ!」
「やばいから戻ろう!」
「ちょっ、真っ暗だぞ!おい!」
懐中電灯の灯りが届かない先を駆け下りる。
踏み外すのは当然だった。
「わぁあああ!」
「嗣!!」
ズダダダダ……ドシン!
情けない叫びと激痛を伴う尻餅。
来たことを激しく後悔する事態に、僕の目尻から涙がこぼれた。
「嗣!大丈夫か?」
「怪我したんじゃないか?」
優しき友人たちは、先ほどの恐怖体験を忘れたかのように懐中電灯を照らしながら下りてくる。
痛くて、その場で呻くしか出来ない僕を労るように。
「おや。……何事です?」
そんな三人の背後へ、深みのある声が
かけられ、これまた驚く僕たち。
振り向いた松島が懐中電灯で照らすと、そこに立っていたのは正しく我が校のスーパーマン、菊正宗会長だった。