Woman of my dream(清四郎と息子のショート)

僕の姿形は母に似ていると、皆が言う。
それは確かにそうかもしれないが、性格はまったくもって父親譲り。
計算高く、腹黒い。
常に自分にとってどう利益があるかを考えてしまう。

こんな僕だが、有り難いことに友人には恵まれていて、両親の仲間とも仲良く過ごしてきた。
彼らは、まるで自分たちが親であるかのように愛情を注いでくれたし、様々な珍しい教育を与えてくれた。
おかげで全く隙のない、今の自分が出来上がったわけだが────
何だろう。
何かパーツが欠けている気がしてならない。

それは恐らく恋人の存在。
一生寄り添って歩ける無二の存在だ。
父にとっての母。
母にとっての父。
二人のような信頼関係を築くことが出来る相手が欲しい。
最近ではそう思うようになって来ている。

自慢じゃないけれど、高スペックの僕が言い寄られぬはずもなく───
高校を卒業する頃まで女性は切れたことがないし、後腐れの無い関係に満足していた。

だが…………
二十歳を目前にした今、考えは変わり、出来れば聡明で、余計な事に巻き込まれない女性に出会いたい。
理想を挙げればキリがないので、ほどほどで手を打つつもりだが、とにかくトラブルメーカーの母みたいな人は無理だ。
僕は父さんみたいに刺激を求めているわけじゃないし、それに巻き込まれることを楽しめるタイプでもない。

穏やかで贅沢な人生。
それが求むべき僕の未来だ。

「何か考え事ですか?」

珍しく自宅でリラックスしている父は、それでも携帯電話とノートパソコンを片時も離さない。
母さんは妹とランチバイキングに出かけ、暇を持て余しているという理由もあるのだろうが。

「父さんはさ………後悔しなかった?」

「何をです?」

眼鏡越しの瞳がキラッと光る。
僕の話に興味を持った証拠だ。

「母さんと結婚したこと。」

「何を今更…………」

「結婚生活四十数年の内、何回誘拐されて、何回車を爆破したっけ?ジェット機飛ばした数なんて覚えてないだろ?」

「…………記憶にある中では、27回の誘拐、30台の廃車、ジェット機を飛ばした回数まで覚えてませんが、ハイジャックに関わった事件は13回、ですね。」

「よくそんなトラブルメーカーを奥さんにしたよね。ほんと真似出来ないよ。」

「そのおかげでおまえ達が生まれたんでしょうが。」

「僕なら、もっと大人しくて、しとやかで、利口な女の子を選ぶけど?」

「ははは!」

珍しく声を大きくして笑う父に、僕のプライドが刺激される。
何がおかしいんだ?
当然のことじゃないか。

「本当に…………今更の質問ですね。」

笑い終えた父は眼鏡を外し、そのクールな眼差しをこちらに向けた。
とても40半ばとは思えぬ、張りのある肌。
瞳の奥に光る、野心のような輝きは全く消えることがない。

「悠理がこの地球上で最も価値のある女だからですよ。」

「その価値観、間違ってない?」

「おや、僕の審美眼を疑うんですか?」

「………………でも、苦労の方が多いんじゃ?」

「苦労よりも喜びが勝る………まぁ、おまえにはまだ解らないかもしれませんね。男の甲斐性について語るには早いか。」

カチンと来る言い様。
だが僕たちは本当に似ている親子だから、ここは一旦引くに限る。

それにしても────まさか、父さんの好みが僕に受け継がれてるなんてこと………ないよね?

「母さんのどこが一番好きなの?」

聞いても無駄だと解ってはいたが、一応尋ねてみる。

「何者にも屈しない精神、ですかね。」

珍しく真面目な回答が返ってきた。
いつもは「全てです」なんて、冗談めかした返事をするくせに。

「生まれ変わっても、また母さんを選びたい?」

「愚問です。」

「うわぁ………父さんって苦労性。」

「それは自覚してますよ。」

再び眼鏡をかけ、パソコンに目を落とす父は、今の人生に何の疑問も抱いていないのだろう。
不敵な笑みを浮かべる口元に、ちょっと苛立つ僕はまだまだ未熟なのかもしれない。

「…………清崇(きよたか)。」

「なに?」

「悠理達に何かトラブルがあったようです。」

「は?」

パソコンから顔を上げない父さんの横顔がにわかに強張る。
覗いてみるとそこには二人が持つ携帯電話のGPS信号がものすごい勢いで動く様子が映っていた。
剣菱(うち)の送迎車では考えられないスピード。

「うわぁ…………暇だからって、追跡してたんだ。」

「おかげで早めに異常を発見出来たでしょうが。今すぐヘリを用意させてください。あと武器も少し必要かな?」

「はいはい。」

本当にいったいドコが幸せなんだ?

呆れかえる僕の横で、ワクワクした表情を見せる父は、すっかり母さん色に染まってしまったのかもしれない。
そういえば二人の仲間たちもそんな’きらい’があったな、と思い出す。

「さ。行きますよ!」

大きな黒いケースの中に何が入ってるかは公言出来ないけれど、決して法律で許されている物ではないことだけ伝えよう。

今頃母さんは、犯人を刺激するほど暴れまくっているはずだ。
そしてそんな妻を期待する父は、この世で一番幸せな男の顔をしている。

あーあ────
僕はほどほどの刺激で十分なんだけどな。

願わくば、いつか出会う女性が、母さんよりも美人でありますように。
そうすれば僕だって、父さんのような苦労を背負い込むことに抵抗を感じないかもしれないから。