永遠に繋がる出会い(魅録と悠理)

※悠理と魅録、中学生時代(ショート)


 

「おい。おまえ……………“悠理”じゃねぇか。」

「ん?…………あ!魅録?」

夜遊びを覚えるには少々早い年頃の二人。
だが彼らほど夜の街に精通している中学生も珍しいだろう。

“松竹梅魅録”は少年とも少女ともつかない相手を呼び止め、コイコイと手招きした。

派手なファッションに隠れた端正な顔立ちの彼女を、街行く人は足を止め見つめてしまう。
その個性的なスタイルと大人びた表情は、とても中学生には見えないはずだ。
もちろん手招きしたピンク髪の彼も。

魅録の声に目を輝かせ駆け寄る悠理は、思いがず訪れた再会に心弾ませた。

二人が初めて出会ったのはつい先日のこと。
街のヤンキーどもとの一戦で、はた迷惑なほど暴れまくっていた悠理を、見るに見かねた魅録が助太刀した事が切っ掛けだった。

衆人監視のもと、彼女が繰り広げる大立ち回りは、場数を踏んでいたはずの彼をも驚かせる。

キレのある足技。
遠慮ない頭突き。
俊敏性に優れ、攻撃をタッチの差でかわすそのスタミナは、大の男以上。
我流ながらもポイントを外さない的確な喧嘩は、とても女とは思えない。

タフな身体。
しかし心はそれ以上だった。

一通り済んだ後、言葉を交わせば、相手の性格が読みとれる。
普段なら決して深く付き合おうとしない魅録であったが、気付いた時には馴染みの店に連れ込んでいた。

おそらくはその真っ直ぐで単純な心根に惹かれたのだろう。
暴れん坊ながらも筋の通っていない事を嫌う男気。
どうやら自分と似通った性格をしている。
同い年という事も分かり、二人は直ぐに打ち解け合った。

散々飲み食いし、距離の縮まった二人が「またな!」と別れたのが約一週間前のこと。

連絡先も交わさなかった為、再会する確率は小数点以下だったはずなのに、ただぶらり、街を歩いているだけでぶち当たったのだから、これはもう“一つの縁”としか言いようがないだろう。
魅録は嬉しそうな笑顔で悠理に対峙した。

「一人か?」

「うん。」

「女のくせにこんな時間まで夜遊びすんなよ。」

「女も男もかんけーねーだろ?それにこう見えて、色々ストレスが溜まってんだ。」

ガードレールに腰掛け、悠理は口を尖らせる。
まだ一回しか会っていない男にペラペラ喋る気にはなれないが、長い夜のほんの僅かな時間を割くくらいなら悪くないと思える相手だ。

「────吸うか?」

「ん。」

差し出された手は大きく、クラスの男共より遙かにゴツゴツした骨格だった。
吸いかけのマルボロを貰い、口に咥える。
煙草は初めてじゃないけれど、それは初めて吸ったかのように悠理の肺を強く刺激した。

「ゴホッ………ゴホッ!」

「おいおい………大丈夫か?」

咽せる悠理の背中を優しく撫で擦る。
見かけに寄らず温かい手。
まるで兄のように、父のように優しい。

「だ、だいじょぶ。ふひぃ~・・久々に吸ったらきっつい。」

「へぇ、わりとイイ子ちゃんなんだな。」

んなわけあっか!
と反論するつもりが、そこは彼のイメージを壊さぬよう、口を閉じる。

「そーいや、聞いてなかったな。おまえ、ガッコどこなんだ?」

「ああ、聖プレジデントだよ。」

「嘘だろ…………こりゃいよいよ本格的なお嬢様ってわけか。」

両手を上げる魅録を、悠理は吹き出しそうな気分で受け止めた。

「残念。あたいは成金娘さ。金さえ積めば入学出来る。」

「成金?」

「そ。」

旨いタバコ。気安い男。

もう一度吸い込んだ煙草が、じわっと脳に沁み込んでゆく。

「ふーん。」

「父ちゃんはともかく、母ちゃんがうるさいんだ。」

色々規格外の母親だが、教育に関しては殊の外うるさい。
学園に揃う教師陣の質を、逐一調べ上げていることは悠理も密かに知っていた。

「おまえさ………クラスで浮いてるだろ?」

「うっせ!………そうだよ。浮いてるよ。ま、学校なんかになんも期待してないけどな。」

「ふ………ん。言えてる。」

同じ目線で物事を語れるのがこんなにも楽だとは。
悠理は魅録と知り合ったことに感謝しつつ、彼の横顔を見つめた。

シャープな目と尖った髪型。
こんなピンク色の髪がまかり通る学校となれば、やはり公立だろう。

「さて、踊りにでも行くかな。」

「え。もしかして、ディスコ??」

「おまえも、来るか?」

「もっちろん!!」

二度目の夜はまたしても悠理を楽しませた。
次々と紹介される彼の友人は皆面白く、刺激的。
魅録が実は暴走族の頭だと聞いても、ちっとも違和感がなく、距離も感じなかった。
むしろ心がワクワクする。

───あーあ。あたいも魅録んとこに転校したいな。

しかしそれが許される立場ではない。
悠理は剣菱財閥の会長令嬢。
セキュリティーを含め、諸々融通の利く学校でないと親は安心して預けることが出来ないだろう。

詰まらないクラスメイトに囲まれ、息苦しく過ごしてきた悠理は、魅録の通う学び舎こそ自分が求めていた場所だと勘違いした。

「詰まらない?学校がか?」

一通り踊った二人はカウンターに座り、カクテルを交わす。
ジントニックと薫り高いモヒート。
火照った身体にひんやり心地よい。

「そだよ。どいつもこいつも軟弱もんばっか。ハイソサエティな話ばっかしてやがる。」

「ふーん。………でも俺は間違ってると思うぜ?」

「え?」

思いがけない反論に悠理の目が瞬く。

────きっと同調してくれると思ったのに。

ビールを飲み干した魅録は悪戯少年のように笑い、悠理を小突いた。

「どうせ上っ面しか見てねぇんだろ。本当に詰まんねぇ奴ばっかか?深く知ろうとしてないくせに、んな風に愚痴ってても仕方ねぇぞ。」

目から鱗の悠理は尊敬するように彼を見上げた。

同い年だというのに、何が彼をこうまで成長させたのだろう。他の人間なら反発心を生むが、魅録の言葉は何故かすんなり、悠理の心に入り込んだ。

もやもやしていた気分が晴れやかに、頭の中までクリアになる。この男となら友達になりたい!

考えた挙げ句、悠理は思い切って、口を開いた。

「あのさ魅録………あたい、魅録がプレジデントに居たらすっげー楽しいと思うんだ。」

「おいおい………さすがに今更転校出来ねぇよ。」

「なんで!?うちの父ちゃんに言ったら直ぐだよ?問題ないって!!」

悠理の強引な申し出に頭を掻く魅録。
確かに目の前の女は見たこともないほど奔放で、刺激的だ。
話も趣味も、どことなく合っている。
下から慕われることの多い自分が、もしかすると初めて対等な立場で心を開いている相手かもしれない。

「…………そうだな。ま、考えとくぜ。」

魅録は悠理の素直な笑顔が、心底可愛いと思った。
女としてじゃない。
人間として───

 

それから一年。
二人は事ある毎につるむようになり、他の誰よりも近い距離で接するようになった。暴走族の面々も悠理の腕っ節に平伏し、地元でも名の知れたコンビとなる。

悠理が本当の意味でかけがえのない仲間を得るのは、もう少し先の話。

刺激ある世界は、ようやく彼女の手に落ちてくる。