月と太陽と

────なんだ。寝ちゃったのか。

結婚前の挨拶周りは確かに疲れた。
お互い、遠くの縁戚関係にまで手を伸ばしたため、全て終えるのに丸五日もかかってしまったし、悠理に至っては慣れない作り笑顔にもうヘトヘト。
いくら体力に自信があるとはいえ、なかなかの重労働だった。

お騒がせ夫婦による冗談のような婚約が白紙に戻ったことは、未だ皆の記憶に新しい。
それなのにまた同じ相手と、何食わぬ顔をして婚姻関係を結ぶというのだ。
今度こそ冗談では済まされない。

式の後の披露宴には総勢800人が詰めかける。
親族、社員、世界中のVIPたち。
これまた世紀の大イベントのような騒ぎで、万作ランドを貸し切っての宴席に参加した皆は、きっと度肝を抜かれること請け合いだ。

パレードや花火、コンサートにマジックショー。
もはや誰のための催し物かわかったもんじゃない。
インドからわざわざ、曲芸する象まで取り寄せたのだから、あの派手好き夫婦は本気でお祭りにしてしまうつもりなのだろう。
可愛い娘達の意見などそっちのけで。

「シャワー、浴びよ。」

悠理はワンピースのファスナーを下ろしながら、窓の外を眺める。
空にぽっかり浮かぶお月様は白くて青い。
疲れた体に沁み入るような色だ。

─────清四郎みたい

一見、冷たそうな顔をしているくせに、実のところ色んな角度から見守ってくれていて、不意に包み込まれる優しさに胸が絞られる。

偽りではない、本物の愛情。

だから離れられなかった。
彼に見合い話が持ち上がったとき、断固反対した。
わがままだと解っていても、貫き通した。
清四郎の気持ちがこちらに向いていなくても、構わなかった。

体当たりのアプローチに、清四郎が陥落した時、彼はすでに覚悟を決めていたらしい。
どんな事があっても、一生を添い遂げると。

すとん
柔らかな光沢ある生地が輪を描いて落ちる。

キャミソール姿でベッドを横切れば、突如伸びてきた腕にシーツの中へと引きずり込まれた。

「わわっ………!」

「もう脱いじゃったんですか?僕が脱がせようと思っていたのに。」

「ね、寝てたじゃん。」

「ついウトウトと。」

悪戯っぽく笑う婚約者に、悠理の胸がズクンと痛む。

結婚することで、この笑顔が失われるのはイヤだ。
以前のような厳しい顔をした清四郎なんて見たくない。

「せぇしろ………」

「ん?」

「ほんとに大丈夫か?」

「何がです?」

「あたいと………結婚したら、後には引けないんだぞ?逃げたくなっても知らないかんな。」

何が言いたいのか───即座に理解した男は、くすっと笑みをこぼし悠理を抱きしめた。

「そっちこそ、大丈夫ですか?」

「へ?」

「僕のストレスをその身一つで受け入れる覚悟は?」

キャミソールを這う長い指が、官能の火を灯してゆく。

「んっ………んなことで………ストレス発散出来んの?」

「……………お釣りがきますね。」

「………バカ。」

唇から吐き出される熱い吐息。
清四郎は美しい横顔を見つめながら、「愛してる」と囁いた。

たとえ………あの月のように愛せなくても、太陽の力で彼を守ろう。
清四郎がいつも笑顔で居られるよう、多くのパワーを溜め込んで。

そんな決意を胸に、悠理は優しい男の愛撫に酔いしれた。